| 研究者所属(当時) | 資格 | 氏名 | |
|---|---|---|---|
| (代表者) | 商学学術院 商学部 | 准教授 | 若林 利明 |
- 研究成果概要
本研究の目的は、金銭的インセンティブだけでなく、現在の制度設計が将来の組織アイデンティティをどのように形成し、その結果として将来のインセンティブ設計をどう変えるかを理論的に明らかにすることである。モデルでは、第1期にプリンシパルが当期の行動を誘導する基準 (s_1) と、将来の組織アイデンティティを高める投資 (m) を選択する。ここで (m) は、研修、価値観の浸透、評価制度の整備、行動規範の明確化といった、将来の「帰属意識」を育てる施策を表す。第2期のアイデンティティの強さは (θ_2=exp(y_2)) と表され、潜在変数 (y_2) は (y_2= y+γs_1+δm+εi) によって決まる。したがって (y_2) は、将来の組織文化や規範の内面化の程度を要約する潜在状態であり、これが高いほどエージェントは第2期に基準から外れることを強く嫌う。
この設定のもとで、主要な結果は次の通りである。第2期のアイデンティティが高いほど、プリンシパルは高い成果連動報酬に依存しなくてもエージェント行動を誘導できるため、将来の (θ_2) を高める投資 (m) は、将来の金銭的インセンティブの必要性を低下させる手段として機能する。特に、エージェントの危険回避や業績尺度のノイズが大きく、成果連動報酬が高くつく環境ほど、将来のアイデンティティを育てる投資の価値は高まりやすい。他方で、将来状態に関するシグナルの価値は一様ではなく、基礎的なアラインメント水準 (\bar y) が低い領域では、将来の状態を見極めて適応的に制度を調整する便益が大きいのに対し、もともと (\bar y) が高い領域では、その追加的価値は小さくなりうる。
このモデルの含意は、現在の制度設計が単に当期の行動を動かすだけでなく、将来の心理的・組織的環境そのものを内生的に形成する点にある。したがって、行動基準や文化形成投資は、短期的な統制手段であると同時に、将来のインセンティブ・システムのコスト構造を変える長期的な投資として理解できる。これは、金銭的インセンティブと行動的統制を代替的な手段としてではなく、時間を通じて相互に補完・代替しうる動学的な制度設計の問題として捉える必要があることを示している。