表題番号:2025C-780 日付:2026/03/19
研究課題事態把握の観点からみた日本語母語話者の受動・授受表現
研究者所属(当時) 資格 氏名
(代表者) 日本語教育研究センター 准教授 鄭 在喜
研究成果概要

本研究では、受動表現および授受表現の産出データを対象に、日本語学習者の事態把握における主観性を数量的に捉え、母語群間の相違を比較検討した。その結果、学習者が言語形式を選択する際には、単なる文法知識の有無にとどまらず、「視点構築の枠組み」、すなわち母語に基づく認知的スタンスが強く影響していることが明らかとなった。特に、形式的には適切な文法操作が可能であっても、視点の内在化が十分に生じていない例が確認され、文法習得の困難が「表現形式の問題」にとどまらず、「出来事の捉え方」という認知的要因に起因することが示唆された。

また、本研究で導入した主観性スコア(SCI)は、受動表現と授受表現という異なる文法形式を同一軸で比較し、主観性の度合いを数量化することで、学習者の視点構築を可視化する指標として一定の有効性を示した。この点において、従来、記述的・主観的分析に依拠することの多かった事態把握研究に対し、客観的評価の枠組みを提示した意義は大きい。

一方で、本研究にはいくつかの課題も残されている。第一に、本研究のデータは限定的な産出課題に基づくものであり、自由談話や相互行為における視点構築を十分に反映しているとは言い難い。第二に、学習者の言語習熟度や個人差を精密に統制していないため、SCIの数値が必ずしも母語のみの影響を反映しているとは限らない。第三に、事態把握は多層的な認知過程であり、文法形式に加えて語用的・語彙的要因やタスク特性の影響も考慮する必要がある。

今後は、これらの課題を踏まえ、複数のタスク様式を組み合わせた縦断的研究や、多様な言語背景を対象とした言語類型論的比較を進めることで、事態把握における主観性の形成過程をより包括的に解明していく必要がある。