表題番号:2025C-678 日付:2026/02/02
研究課題デリダ哲学における「声」の問題系の存在論的メディア論としての射程
研究者所属(当時) 資格 氏名
(代表者) 文学学術院 文化構想学部 助手 櫻田 裕紀
研究成果概要
 本年度は、デリダ哲学における「声」の主題について、とりわけ70年代後半以降の著作を中心に精査した。具体的には、まずデリダの中期著作の一つである「Fors」(1976年)を起点に、デリダが同時期以降にしばしば言及する「腹話術(ventriloquie)」というモティーフの理論的な内実と、その哲学的射程を検討した。同書のデリダは、この語を、直接には精神分析の理論(厳密には、ハンガリーの分析家であるニコラ・アブラハム、マリア・トロークの仕事)から継承しつつ、自己性の内部に宿る抹消不可能な他者性の契機(=自己に「声」を与える「腹の語り=腹話術(ventriloquie)」)を思考する戦略的な概念へと書き換えている。この点については、先行研究でもしばしばデリダの「喪(deuil)」の主題やそれに類するテーマ系(「クリプト(crypte)」、「取り込み(introjection)」と「体内化(incorporation)」等々)から着目されてきたものの、本研究では、これをさらにデリダの一貫した「声」の主題との関係から考察し、そこでデリダが腹話術的な「声」として思考する議論が、後の亡霊論や正義論(=亡霊の声に応答する責任論、憑在論)に通じる先駆的な着想であることを解明することができた。
 また、年度の後半では『ユリシーズ・グラモフォン』(1987年)の読解にも着手し、とりわけ上記の亡霊的な「声」の議論と、デリダ独自の遠隔通信論との関係を明確にした。これにより、同時期に展開される郵便論や「電話(téléphone)」や「蓄音機(gramophone)」といったメディア的なテーマ群が、単に経験的なコミュニケーション論に終始するものではなく、むしろ「思考」や「存在すること」そのものの根源的なメカニズムに関わる、存在論的なメディア(=媒介性・霊媒性)論としての射程を備えたものであることを明らかにできたことは、本年度の大きな成果であった。