| 研究者所属(当時) | 資格 | 氏名 | |
|---|---|---|---|
| (代表者) | 會津八一記念博物館 | 助手 | 柿澤 香穂 |
- 研究成果概要
本研究は、中国山西省大同市に所在する雲岡石窟を対象として、同地を訪れた写真家・小川晴暘の調査実態を解明することを目的としたものである。とりわけ、晴暘が現地で記録した写真・拓本・スケッチという複数の媒体を横断的に検討することで、彼がいかなる方法と認識のもとで雲岡石窟に向き合ったのかを明らかにした。
まず、晴暘の造形観と調査姿勢の基盤として、會津八一との交流に注目した。八一の示唆のもとで創設された写真館「飛鳥園」、および『室生寺大観』や『東洋美術』の刊行に見られるように、写真・解説・造本を統合する実践は、のちの雲岡調査における総合的な方法論へと連続している。
ついで、1939年および1941年の現地調査において制作されたスケッチ資料を検討した。晴暘はカメラと並行してスケッチ帳を携行し、石窟内外の仏像や建築、さらには大同市内の景観を描写している。現地調査の結果、これらの建築の多くは解体・移設・復元を経ており、晴暘のスケッチは当時の景観や細部意匠、さらには周辺環境の様相を伝える記録であることが確認された。
さらに、拓本は彫刻の線や量感を実物大で写し取る手段として重視され、写真では捉えにくい細部の把握に寄与していた。とくに光の届きにくい石窟内部において、彫線の抑揚や深浅を的確に捉える方法として有効であり、スケッチとともに対象の形態理解を支える重要な媒体であった。
これらの実践は、著書『大同雲岡の石窟』(1944年)に結実する。本書は、写真・スケッチ・拓本を総合した構成をとり、本文では石窟の構造、造像過程、さらには他地域との関係にまで論及する。本書中の「作品への理解なしに、その真価を伝える写真は撮れない」との言葉に示されるように、晴暘にとって写真は調査・考証と不可分の営為であり、本書はその集大成と位置づけられる。
以上より、晴暘の雲岡石窟調査は、複数の実践を相互に連関させた総合的研究であったことが明らかとなった。