表題番号:2025C-384
日付:2026/02/02
研究課題啓蒙改革期ハプスブルク君主国における印刷メディアと表現の自由
| 研究者所属(当時) | 資格 | 氏名 | |
|---|---|---|---|
| (代表者) | 教育・総合科学学術院 教育学部 | 教授 | 上村 敏郎 |
- 研究成果概要
- 本研究の目的は、18世紀後半のハプスブルク君主国において、宮廷と多様なアクターが印刷メディアを介していかなる政治的攻防を繰り広げたのかを、変容する「公共圏」の構造転換という観点から解明することにある。従来、啓蒙期の公共圏は君主の権威を誇示する「代表具現的公共圏」から市民による「政治的公共圏」へと単線的に移行したと語られてきた 。しかし本研究では、ハプスブルク宮廷を単なる批評の対象や検閲の主体としてではなく、出版市場という新たな言論空間に適応し、公論形成に積極介入する「能動的アクター」として再定義することを試みた 。特に、ヨーゼフ2世からレーオポルト2世への君主交代期におけるハンガリー問題を主な分析対象とし、対面での外交交渉と、パンフレットや新聞を連動させた多層的な情報戦の実態を明らかにすることを目的とした 。本年度は、この目的に基づき、ウィーンおよびブダペシュトでの史料調査を実施した。第75回日本西洋史学会では、皇帝レーオポルト2世が文筆家ホフマンに執筆を依頼し、自ら原稿を校正したプロパガンダ冊子『バベル』『ニネヴェ』の分析を報告した 。これにより、宮廷が印刷メディアを用いてハンガリー貴族の主張を「野蛮」や「反乱」として規定し、都市住民の支持を取り付けようとしたハイブリッドなメディア政策の構造を立証した 。また、この知見を周縁地域ガリツィアにおける「文明化」言説の分析や 、ウィーン郊外の酒場における民衆の口頭コミュニケーションを通じた政治情報の受容プロセスの解明へと繋げた 。一連の研究を通じ、啓蒙期の表現の自由が、国家統合のツールとしての側面と、体制を揺るがす逸脱の側面を併せ持っていたことを包括的に提示した。