表題番号:2025C-364 日付:2026/03/30
研究課題中華人民共和国初期の成人識字教科書の内容分析―『民校識字課本』を例として―
研究者所属(当時) 資格 氏名
(代表者) 教育・総合科学学術院 教育学部 助教 万 静嫻
研究成果概要
 本研究は、1950年代の中華人民共和国で使用された成人識字教科書『民校識字課本』を分析し、国家が識字教育を通じて民衆にどのような理念と価値観を伝達しようとしたのかを明らかにすることを目的とする。
 分析対象である『民校識字課本』(新華書店刊、全4冊)は、新華書店から出版された全4冊の教科書で、約1300~1400字の常用漢字習得を目標とした。教科書の内容は、大きく政治に関わる内容、社会・自然に関わる内容、個人生活に関わる内容の3種類に分けられるが、識字という技能教育を超えて、政治的・道徳的価値観の伝達を目的とした教材としての性格を有している。
 特に、労農同盟の強調、男女平等の理念の提示、旧社会と新社会の対比といった構造は、新中国の政治的正統性と社会主義的価値観を支持するものであり、学習者に新たな社会的アイデンティティを付与する機能を果たしていた。
 他方で、教科書に描かれた労働者と農民の関係や女性の役割に関する理想像は、当時の生活実態との間に乖離が存在する可能性が示唆された。すなわち、「解放」や「抑圧」といった語彙は、必ずしも人々の実際の経験に基づくものではなく、識字教育を通じて再編成された「記憶」として提示されていたと考えられる。この点は、識字教育が国家による主体形成および価値内面化の装置として機能していたことを示している。
 本研究の成果は、『早稲田教育評論』第40巻第1号に掲載予定である。