表題番号:2025C-352
日付:2026/03/31
研究課題清統治下モンゴルの駅における紛争処理プロセス
| 研究者所属(当時) | 資格 | 氏名 | |
|---|---|---|---|
| (代表者) | 文学学術院 文学部 | 助手 | 谷川 春菜 |
- 研究成果概要
- 17世紀~20世紀初頭、モンゴルは清の統治下にあった。統治の安定を支えた仕組みの一つに駅伝制度がある。制度の枠組みについて詳細な研究が積み重ねられてきた一方、各駅の実態は長らく不明であった。近年、中村篤志氏の研究により、駅がモンゴル人、漢人、ロシア人の商取引拠点になっていたことが指摘されている。商取引にはトラブルがつきもので、その処理をしかるべく行うことは、駅伝制度の維持、ひいては統治の安定に不可欠であったと推察される。こうした紛争処理について、清が編纂した法制史料には明確な記述がなく、そのプロセスを知るには実例を積み重ねて検証する必要があると考えられるが、そうした研究は少ない。そこで本研究では、このプロセスの解明に取り組んだ。具体的な研究内容は次の通りである。まず、ウランバートル市に位置するモンゴル国立中央文書館を訪問し、19世紀後半~20世紀初頭のモンゴルのうちハルハの駅を取り巻く紛争とその処理に関する文書(M143~150フォンド)を収集した。これらの文章を分析した結果、駅は、漢人やロシア人を含め、様々な属性の人々が暮らし、行き交う地であったこと、家畜窃盗や商取引をめぐる争いなど、種々の紛争が頻発する地であったことが確認できた。トラブルが生じた際は当然、処理が必要とされ、多くの場合、駅の官員がその担い手となったこと、処理にあたっては関係各所に連絡し、裁判や弁償、処罰を要請する必要が生じ、公文書を作って送るケースも多くあり、文書館所蔵の文書はそうした経緯で作成されたものであることが示された。今後の課題として、扱う時代を19世紀前半以前に拡大し、同様の結論が導かれるのか検討する必要がある。扱う地域についても、清統治下の全ての駅まで視野を広げ、他地域の駅と比べたとき、ハルハの駅には何らかの特殊性があるのか検討が求められる。