表題番号:2025C-351 日付:2026/02/13
研究課題九州からみた古代日本の国際交流の構造的研究
研究者所属(当時) 資格 氏名
(代表者) 文学学術院 文学部 教授 田中 史生
研究成果概要
 本研究の目的は、古代の日本において最大の国際交流拠点となった九州を中心に、国際交流の展開と地域社会の動きの連動性を構造的に捉え、国家・王権を単位として説明されがちな対外関係史を地域史から相対化し、その多層的・重層的な様相を明らかにすることにある。本研究は、先行研究の整理・検証と、現地踏査を踏まえた史資料の収集・分析を通して、中世までの展開も視野に含め、以下の諸点に具体的な検討を加えた。
  ① 6・7世紀の朝鮮半島情勢と九州北部の社会変化の関連性について。
  ② 7~13世紀の琉球列島と東アジアとの関係性について。
  ③ 九州に集中的に分布する薩摩塔の国際的背景について。
 ①では、朝鮮半島情勢とかかわり発生した磐井の乱以降、王権の九州支配が、対外交通の窓口となった博多湾を中心に、ミヤケ制を基礎として段階的に整備・強化されたことを明らかにした。②では、中国史料における宋代までの「流求」は台湾島付近に求めるべきこと、また13世紀前半までの琉球列島は、主に九州島を介して東アジアとつながる構造にあったことを明らかにした。ただし、13世紀に琉球列島を介して日本と中国が結びつく契機や背景については、今後も考古資料を踏まえた継続的検討が必要である。③では、現地調査を踏まえて、中世石塔である薩摩塔の銘文と中国石塔の銘文の比較検討を行い、これまで指摘されていなかった両者の共通性を新たに確認するとともに、薩摩塔銘文の日本的な要素についても検出できた。これらのことは、古代の九州を拠点とした中国海商の活動を継承する人々の存在を示唆している。薩摩塔を信仰した人々の出自が、今後の検討課題となる。また、中国調査においては、これまで日本では紹介されていない、石造物とは異なる様式の類薩摩塔も確認した。これを踏まえて、薩摩塔が展開する遺跡の出土遺物についても再検討が必要となるだろう。また銘文の釈読についても、継続的な検討が必要である。