| 研究者所属(当時) | 資格 | 氏名 | |
|---|---|---|---|
| (代表者) | 文学学術院 文化構想学部 | 講師 | 清水 智史 |
- 研究成果概要
本研究課題は、1940~1950年代の日本における観光と文学の関係を明らかにするものである。これまで、観光と文学の関係は、作家による観光の体験がいかに作品に還元されていったかという正の側面が語られがちであったが、実際には観光は国策などとも結託し、戦時下の戦意高揚を図るものとして、あるいは戦後日本のナショナルアイデンティティを回復させるものとして機能していた負の側面もある。そこで本研究では、文学に描かれた観光の表象を分析することで、それが同時代の観光と時局との結託をどのように問題化しているのか(あるいは結託をすすんで引き受けたのか)を明らかにした。
まず、これまで行ってきた谷崎潤一郎の研究を本年度も継続し、「細雪」(1943~1948)を分析した。作中の娯楽の様子は、これまで敗戦によって失われゆくものとして美化されてきた。しかし、戦時中には消費文化が国策に利用され、観光もその一つであった。外貨獲得のための国際観光、国民の統制を目的とした観光が政府主導で取り仕切られた。であれば、娯楽の描写を単に美化することはできない。そこで観光描写と同時代状況を比較した結果、政策に沿うような観光地が描かれながらも、人物は時局の要請と異なる様子を見せていた。同作の観光描写は消費文化と国策の結託を問題化しうるものだった。
また、戦後の文学についても検討するため、松本清張「点と線」(1957~1958)を分析した。同作が発表された1950年代後半は、大規模な大衆観光の下地が整いつつある時代であった。観光バスが数を増やし大人数を収容できる旅館が次々と建設されるに伴って、観光はパッケージ化され画一的な体験となっていく。「点と線」にも同時代の観光の様子を思わせる側面があり、語り手は旅行案内のような様態をみせる。一方、作中で捜査を行う鳥飼と三原は、その身体性が前景化している。鳥飼はとにかく歩きまわる人物として、三原は長距離移動の苦労や肉体的疲労が強調して描かれる。こうした人物造型は旅が商品として画一化された時代とは異なる旅=移動の様態を示したテクストといえる。