表題番号:2025C-247
日付:2026/04/20
研究課題三宝尊における増益分別・損減分別の新たな意義付けについて
| 研究者所属(当時) | 資格 | 氏名 | |
|---|---|---|---|
| (代表者) | 高等学院 | 教諭 | 飛田 康裕 |
- 研究成果概要
- 三宝尊は、5世紀から6世紀の学僧と伝えられ、『般若波羅蜜多円集要義論註』の著者として知られる。そして、この著作は、彼と同時代の人と目される陳那の『般若波羅蜜多円集要義論』に対する註釈である。今般、陳那の論理学は徐々に明らかになりつつあるものの、彼の唯識思想や般若思想については未だ十分に解明されていない。その意味で、三宝尊の註釈を分析することは、陳那の思想体系全体を理解するための助けになる。伝統説においては、無体・有体の両分別は「人我」に関する有無、そして、増益・損減の両分別は「法我」に関する有無に、それぞれ、限定された議論であった。ところが、彼等は、この枠組みを超え、前者に「初学の菩薩における修習」という役割を付与したため、前者は「法我」の問題をも含む広範な有無の問題を扱う議論へと拡大した。そこで、彼等は、後者に如何なる役割を新たに付与するのかということが問題となるが、この問題について考察した結果、以下のことが明らかとなった。まず、彼等は、第一に、「無二智」(*advayajñāna-)――所取・能取という[二つのものの]形相を離れた知覚――を円成実性とし、第二に、この「無二智」の上に現れる所取・能取の顕現を依他起性とし、最後に、この所取・能取の顕現に対して付託される概念上の存在を遍計所執性とする。そして、先述の通り、遍計所執性(個別性をもつ「人我」・「法我」)の否定と円成実性(空性、あるいは、無二智としての「人我」・「法我」)の肯定を、それぞれ、有体分別と無体分別の解説において行う。そこで、彼等は、伝統的には「法我」の無有の議論であった増益・損減の両分別の解説において、それぞれ、遍計所執性のみが否定される根拠と円成実性が肯定される根拠とを示すことになる。つまり、彼等は、これら両分別に「無と有を主張するための理由」という新しい役割を付与することとなったのである。