表題番号:2025C-040
日付:2026/04/03
研究課題「島根坑夫」「広島坑夫」に関する基礎的研究
| 研究者所属(当時) | 資格 | 氏名 | |
|---|---|---|---|
| (代表者) | 文学学術院 文学部 | 教授 | 嶋崎 尚子 |
| (連携研究者) | 文学研究科 | 博士後期課程1年 | 鈴木崇広 |
- 研究成果概要
本研究は、石炭産業のライフサイクル(開発・発展・成熟・衰退)の初期における労働力移入の動態を把握する。具体的には日本国内で早期に開発が進んだ筑豊地方を対象に、早くは明治期から始まったとされる本州西部(中国山地地域)からの労働力移入(「広島坑夫」「島根坑夫」と言われる)の経過をたどり、「移入ルート」制度とその持続過程を確認する。これまでの研究から、炭鉱労働者移入の原点のひとつである、明治期に中国山地から筑豊への「広島坑夫」「島根坑夫」を起点とする「労働力の流れ」すなわち人的ネットワーク(親族を含む)が、石炭政策最終盤(20世紀最後)まで持続していたことが明確になった。2024年6月から送出側のひとつである島根(邑南町)と受入側の筑豊田川市で関係者へのヒアリング、資料の閲覧を行ったところ、「移住」ならびに「反復的出稼」の両者での労働力移入に関する調査研究が可能であることが判明した。
本年度は、基礎的研究として、受入側として2炭田を対象に、資料収集・現地聞き取り調査を実施した。ひとつは筑豊炭田で、3地域を対象とした(田川市石炭歴史博物館、飯塚市歴史資料館、鞍手町歴史民俗博物館)(2025年7月、2026年3月)。さらに比較対照として本州西部に位置する山口県美祢炭田での出稼ぎの受入と定着についても、現地調査を実施した(2025年7月)。今回の調査の結果、筑豊炭田の場合には出稼ぎではなく移住が、後者の美祢炭田では出稼ぎのみならず、地元農家の兼業就労の実態も確認された。