| 研究者所属(当時) | 資格 | 氏名 | |
|---|---|---|---|
| (代表者) | 法学学術院 法学部 | 教授 | 松澤 伸 |
- 研究成果概要
本研究は、「表出的刑罰論の展開」を主題とし、タチアナ・ヘルンレ教授の被害者志向的表出的刑罰論の理論構造とその意義を解明することを目的として行なったものである。2025年9月には、その成果として『タチアナ・ヘルンレ刑罰論集』(成文堂)の翻訳書を刊行し、解題を執筆した。本解題においては、ヘルンレ理論を「なぜ刑事罰なのか」という根本問題を軸に再構成し、刑罰の目的論を予防と表出の複線的構造として把握する点にその特徴を見出した。すなわち、ヘルンレは、刑罰を犯罪予防の手段としてのみ理解するのではなく、社会的価値を公的に表明するコミュニケーションとして位置づけ、とりわけ犯罪被害者に対するメッセージ機能を重視する点に理論的独自性がある。また、刑罰制度の正当化と個別処罰の正当化を区別する二段階的構造を採用することで、制度的正当化と責任原理との関係を整理する枠組みを提示している。これに対し本研究は、ヘルンレ理論の意義を、従来の予防中心的刑罰論に対して新たな視座を提供し、被害者の位置づけを刑罰論の内部に理論的に組み込んだ点に求めつつも、同時にその限界を指摘した。すなわち、表出的機能の強調は、刑罰の事実的基礎としての反応的態度を十分に理論化していない点でなお不十分であり、また、予防論との関係についても理論的統合の余地が残されていると評価される。そこで本研究は、記述的アプローチを基礎としつつ規範的正当化を位置づける方法論を採用し、ヘルンレ理論を批判的に継承する方向性を提示した。翻訳書の刊行後は、国内外の研究者との議論を通じてこれらの問題点を深化させ、表出的刑罰論の再構成に向けた理論的基盤の整備を進めた。本研究は、我が国刑罰論における理論的空白を補完し、刑罰の正当化をめぐる議論に新たな展開可能性を示すものであるとともに、刑罰の意義を事実的基礎と規範的評価の連関において再定位する試みとして、一定の成果を得たものと考える。