表題番号:2024C-473 日付:2025/04/04
研究課題定常サイクルから探る非平衡量子系の熱力学法則
研究者所属(当時) 資格 氏名
(代表者) 理工学術院 先進理工学部 講師 越原 健太
研究成果概要
量子力学の原理に基づき量子系の熱力学法則を追究する量子熱力学の研究が盛んに行われており,特に,量子系に特有の量子重ね合わせや量子もつれなどを熱機関に活用できる可能性があることから注目を集めている.しかし,従来の研究では量子系が熱接触により完全に緩和することが原因で量子重ね合わせや量子もつれを保持できない熱機関の解析が主であり,量子系に特有の諸性質が熱力学法則に及ぼす役割が十分に理解されているとは言い難い.そこで,本研究では量子系と複数の熱浴との接触を有限時間で行い量子系の緩和を待たずに仕事の取り出しを試みる非平衡量子定常サイクルを解析し,熱浴から吸収可能な熱量と,取り出し可能な仕事のそれぞれの限界について調べた.まず,熱浴から吸収可能な熱量については,熱力学第二法則の一形態であるクラウジウスの不等式を,量子測定とフィードバック制御を行う「マクスウェルの悪魔」の量子熱機関の場合も含めて拡張された不等式として導出した.既存の結果は熱接触過程の定式化に様々な技術的制約(熱接触の時間,熱浴の個数,熱浴との接触方法など)が残されていたが,本研究ではそれらの制約を解消し,一般的な有限時間周期の量子熱機関で成立する不等式を得た.次に,取り出し可能な仕事について追究した結果,仕事を取り出せない非平衡定常状態(受動的状態として知られる)に緩和させる熱接触を行う熱機関は,緩和を待たずに仕事の取り出しを繰り返し行う有限時間周期の定常サイクルにおいても同様に仕事を取り出せないことを数値的に見出した.特に,サイクルの時間周期が十分短く仕事を取り出す操作が十分小さい場合に仕事率の主要項を摂動計算し,仕事が取り出せないことを近似的に証明した.以上の成果は,量子重ね合わせや量子もつれを保持する有限時間周期の量子定常サイクルにおいても,それらの量子力学的効果が消失する時間周期が十分長い熱機関を議論して得られた既存の量子熱力学法則が同様に成り立つことを示唆している.