表題番号:2024C-402 日付:2025/03/31
研究課題中世スコラ哲学における幸福論
研究者所属(当時) 資格 氏名
(代表者) 商学学術院 商学部 准教授 辻内 宣博
研究成果概要
 本研究では,アリストテレスの『政治学』第7巻2章の問い,「政治的で行為実践的な生が選択されるべきか,それとも,哲学的で観想的な生が選択されるべきか」を議論の嚆矢として,人間の幸福な生をめぐる中世スコラ哲学の議論の一部を検討した。具体的には,13世紀の神学者トマス・アクィナスと学芸学部の教師オーベルニュのペトルスによる立論の比較検討によって,両者の形而上学的な枠組みの違いを析出した(詳細は,下記「研究成果実績」の【論文】を参照)。
 この問題のポイントは,「幸福は,徳にもとづく魂の活動である」というアリストテレスの幸福規定に基づき,人間の幸福には,行為実践をその主目的とする実践的知性の徳〔=思慮〕による幸福と,自然的世界の真理の考究をその主目的とする観想的知性の徳〔=知恵や学問知〕による幸福という,二つのタイプの「善く生きること/幸福」が,自律的で独立したものとして認められるということである。そして,それらがそれぞれ,「政治的・行為実践的な生/幸福」と「哲学的・観想的な生/幸福」として命名され,これら両者の関係性が主題として掲げられているのである。
 この議論は,単にどちらかの生き方に優位性の判定を下せば終わりというものではない。〈なぜ〉そうなのかという論拠の中に,各々の哲学者たちの基本的な哲学観が背景として潜んでいるからである。そこで,これら両者の徳,すなわち,思慮(practical wisdom)と知恵(theoretical wisdom)は,別の言い方をすれば,実践知と観想知は,あるいは,現代的な概念に翻訳すれば社会科学的な知と自然科学的な知は,どのように関わりあうべきなのか/べきではないのかまで,その射程に含み込むことになる。この点で,少なくとも,アクィナスとペトルスは,ある意味で対立的な見解を保持しているということが析出されたのである。