研究者所属(当時) | 資格 | 氏名 | |
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(代表者) | 文学学術院 文学部 | 助手 | 酒井 宏明 |
- 研究成果概要
本研究は、こと戦後日本社会における社会変容と、臨床心理学・精神医学の学知・専門的技術の展開との連関を探索することを目的とする日本社会論的な探究である。その際、近代的自己や個人主義の様相が西欧諸国と異なる日本社会特有の社会的文脈を念頭に置きながら、多分に経路依存的でローカル化された臨床心理学・精神医学の学知・専門的実践の発展(史)を研究の経験的素材として見据えた。かかる視座のもと、重要な理論社会学的研究を取り入れ再構成する文献研究とともに、戦後日本の臨床心理学と精神医学の専門知が紡いできたテクスト群を分析対象とした言説研究を行なった。
その作業から浮かび上がったのは、「社会の心理学化/ポスト心理学化」現象の淵源にあるDSM-Ⅲ(1980)に基づく臨床が「症状」中心主義となったことと対照的に、DSMの台頭と引き換えに衰微した精神病理学、とりわけ木村敏・中井久夫らに代表される精神病理学第二世代の臨床が、「症状」ではなく「人間」を診ることへと方向づけられていたという事実と、その社会的意義である。精神病理学においては「内因性」という概念により、遺伝性の強い精神疾患の誘発因子が、状況・環境の側にあると精緻化・強調され、そのうえで特定の状況を「病前状況」としやすい「病前性格構造」が形成される、という思考のスタイルが採られていたと言えるのだが、そこには心理学化とも生物学化とも言い難い独特の位相が看取されていた。他方で、個人のアトム化を促進する今日の「社会の心理学化/ポスト心理学化」状況においては、「世に棲む」という観念(中井久夫)も「あいだ」という概念(木村敏)もその居場所を失ってしまうのである。
一連の探究の成果をまとめ、第97回日本社会学会大会にて、竹中均と共同で報告を行った(「精神病理学」の衰微と日本社会〔共生社会をめぐる問題系の確認と展開(1):社会的凝集性の再検討(7) 〕)。