表題番号:2024C-320 日付:2025/03/07
研究課題奴隷の「医療」と「黒人」の構成―19世紀
研究者所属(当時) 資格 氏名
(代表者) 法学学術院 法学部 教授 岩村 健二郎
研究成果概要
本研究は、18世紀後半のキューバにおいて黒人奴隷の「ノスタルジー」がどのように医学的概念として構築され、広くは植民地支配の正当化に利用されたのかを明らかにすることを目的とした。対象としたのは、フランシスコ・バレラ・イ・ドミンゴが1798年に執筆した『博物学的、外科・医学的考察』であり、スペイン植民地における黒人奴隷の「内面」を病理として扱った最古の記録の一つである。バレラは、スペイン軍の軍医としてカリブ地域を転々とし、1780年以降はキューバの農園で奴隷の健康管理に従事した。彼はヨハネス・ホーファーによる「ノスタルジア」概念や、アンティル諸島フランス植民地における「メランコリー」の系譜を受け継ぎ、奴隷のノスタルジーを「移動と抑圧による病」として説明した。この理論は奴隷制とその現場において、奴隷の精神的苦痛や抵抗の表現を「病」として管理する言説を生み出している。本研究では、バレラの言説をヨーロッパ医学と植民地政策の関連から分析し、18世紀の医学理論が奴隷の「心性」や「内面性」を病理化し、それを統治の手段として用いたことを明らかにした。彼はショイヒツァーの外的要因を「数学的手法」で明らかにするノスタルジアの理論を応用し、奴隷貿易と奴隷制度の「抑圧」を病の原因とし、同時に医学的管理を解決策としても提唱した。この言説は現在の研究においては「人道的」と解釈される向きもあるが、本研究は、それが奴隷制下の医学による奴隷労働の維持と管理こそを可能にしたものであることを示した。