表題番号:2024C-140 日付:2025/03/31
研究課題「トリスタンとイゾルデ」の系譜 ーケルト神話からドニゼッティまで
研究者所属(当時) 資格 氏名
(代表者) 理工学術院 創造理工学部 教授 石井 道子
研究成果概要
本研究は「トリスタンとイゾルデ」の系譜をたどり、原話と考えられているケルト神話の伝承の様子とその特徴を文献学的に明らかにする試みである。ケルト神話を源流としたこの物語は、11世紀末からヨーロッパ宮廷文芸に取り込まれた。その際、ケルト神話の登場人物に代わり、6世紀の実在の人物を登場させ、舞台は中世の宮廷社会に移された。こうして翻案された物語がヨーロッパ各地に知られるようになり、更に19世紀のオペラ作品で再び開花したという、長大な歴史を持っている。
中でも1210年頃に成立したドイツのゴットフリート・フォン・シュトラースブルクの「トリスタンとイゾルデ」は特徴的な作品だ。作者が典拠として用いたフランスのトマ版、トマよりも古いフランスのべルール版、その翻案のドイツのアイルハルト版とは異なり、ケルト神話に加えギリシア古典の影響を受けている。いわゆる「愛の洞窟」の場面は、従来中世神秘思想や哲学的に解釈されてきた。本研究では、ゴットフリートがケルト神話およびギリシア神話の知識を持っていたことを前提に置き、成立当時の受容者の常識をもとに新たな解釈を行った。
その後、19世紀にはいわゆるロマン派の時代に、中世趣味が流行した。「トリスタン」は別の形態の芸術にも取り入れられていった。ドイツのリヒャルト・ワーグナーの楽劇《トリスタンとイゾルデ》(1857年)は中世叙事詩の主題を更に純化した作品だ。一方、ガエターノ・ドニゼッティの《愛の妙薬》(1832年)はそれまでにない「トリスタン」である。ヒロインが「トリスタンの物語」を朗読する場面が恋物語の発端となっているが、原典と異なりハッピーエンドに終わっている。トリスタンの悲恋のきっかけを利用し、原典の人間関係を裏返すことで喜劇性を実現したのである。
今後、「トリスタン」翻案の発展について、本研究を更に深める予定である。