表題番号:2024C-025 日付:2025/11/10
研究課題環境刑法の基礎的研究
研究者所属(当時) 資格 氏名
(代表者) 法学学術院 法学部 教授 松澤 伸
研究成果概要

本研究は、環境刑法の理論的基礎を国際的視野から検討し、刑罰による環境保護の正当化根拠を比較法的に明らかにすることを目的として実施した。現代の環境問題は、従来の個人責任を中心とする刑法理論では十分に説明し得ない集団的加害や構造的リスクを伴うものであり、新たな理論枠組みの構築が求められている。

具体的には、リカルド・ペレイラ講師(イギリス・カーディフ大学)との共同作業により、ヨーロッパと日本の環境刑法の比較研究を行った。完成した英語論文は、現在、国際共同研究書の一章として、出版準備中である。本稿では、日本における環境刑法の発展過程を、1960年代の公害刑法から1990年代の環境刑法への転換を経て、行政従属性の問題を中心に整理した。日本では、公害防止を行政的統制で実現してきた結果、刑罰法規の適用が限定的であり、これが環境刑法研究の停滞をもたらしていることを指摘した。

一方、EU諸国では環境刑法が積極的な規制手段として発展しており、そこには「環境保護の倫理的正当化」に基づく理念的支柱がある。こうした理念構造を日本の現実と対照することで、刑法の道徳的非難機能を超えた「社会的責任原理」としての再構成が可能かどうかを検討した。この点で本研究は、伝統的に刑罰を道徳的非難と解する立場との対照を通じ、環境刑法の哲学的基盤を明らかにしようとするものでもある。

さらに、日本の国際的役割にも注目し、アジア諸国への技術支援やカーボン・クレジット政策、水銀・廃棄物・プラスチック問題などを具体的に検討した。とりわけ、廃棄物輸出入の規制や水俣条約による水銀汚染防止は、刑事的制裁を国際協力の枠組みの中で再評価する重要な契機となることを論じた。


本研究の意義は、環境刑法を、「人間と自然の関係性をめぐる倫理的・法的秩序」として再定位する点にある。今後は、EU諸国との共同研究を通じて、環境刑法の理念的基盤と制度的展開の橋渡しを図ることを目的としたい。