表題番号:2023E-043 日付:2024/02/07
研究課題唐詩直喩表現考
研究者所属(当時) 資格 氏名
(代表者) 高等学院 教諭 小田 健太
研究成果概要

 唐詩における直喩表現研究の一端として、「霜」を喩詞とする句について検討を加えた。「霜」を喩詞とする表現は、因襲性の比較的強固なものであると見なせるが、そうであるがゆえに、典型から逸脱へ、という詩人たちの志向がうかがえるようである。以下、実例に即して説明していく。

「霜」は白さを喩える喩詞として多く用いられている。被喩詞に取られることの多いものの一つが、毛髪である。

桜桃昨夜開如雪  桜桃 昨夜 開くこと雪のごとく

鬢髪今年白似霜  鬢髪 今年 白きこと霜のごとし

白居易「感桜桃花、因招飲客」

 被喩詞としての「鬢髪」と喩詞としての「霜」、そして両者に共通する要素としての「白」をも合わせて詠じた例である。「白」を略節した詠じ方も自然に成り立つ。

落花如雪鬢如霜  落花は雪のごとく鬢は霜のごとし

酔把花看益自傷  酔いて花を把()りて看れば益(ます)ます自ら傷む

白居易「花前有感、兼呈崔相公・劉郎中」

 比況の語を脱落した隠喩的語彙として、「霜鬢」の語もしばしば詠じられている。

昔時霜鬢今如漆  昔時の霜鬢 今は漆のごとし

疑是年光却倒流  疑うらくは是れ年光 却って倒(さかさま)に流るるかと

張蠙「再游西山贈許尊師」

 喩詞と被喩詞の共通性質である「白」を、被喩詞の方に含めた表現も認められる。

自笑鏡中人  自ら笑う鏡中の人

白髪如霜草  白髪 霜草のごとし

李白「覧鏡書懐」

  「霜草」の語を白髪の喩詞としたのは、唐詩においては李白のみであるようだ。

草とは別の事物によって、喩詞としての「霜」にバリエーションを加えたのは賈島である。

青松帯雪懸銅錫  青松 雪の銅錫に懸かるを帯び

白髪如霜落鉄刀  白髪 霜の鉄刀に落つるがごとし

賈島「贈僧」

 まずは黒髪を「鉄刀」に擬え、そこに霜が降りた様子を白髪に擬える、という二重の比喩表現となっている。

 ここまで、「霜」を喩詞とする唐詩の表現について概観してきた。今後は「霜」以外の喩詞にも着目しながら、詩的認識の継承・拡大・深化の様相を明らかにしていきたい。