表題番号:2023C-628 日付:2024/03/29
研究課題「越境的国民」形成の実証的研究ー旧ソ連諸国を事例として
研究者所属(当時) 資格 氏名
(代表者) 教育・総合科学学術院 教育学部 教授 小森 宏美
研究成果概要
 本研究は、在外同胞やディアスポラなどと類似の概念でありながら、近年ヨーロッパで普及しつつある複数国籍という法制度上の変化を受けて、「国民」と国家の法的なつながりが従来にはなかった形で重層化・多義化している状態について歴史的に後づけることを目的としたものである。そこで留意すべきは、複数国籍の容認が、国あるいは地域によって持つ意味と実際的な影響の違いである。一般に複数国籍の容認はリベラルな政策とみなされている傾向に対して、旧ソ連・東欧諸国の国籍政策は、国外に居住する同胞とのつながりやまた当該同胞が居住する国家への影響力等を目的としているがゆえに、別の見方を提示するものである。
 2023年度の研究では、ソ連解体期のエストニアとソ連中央政府やロシア政府との関係に焦点を合わせ、この地域で複数国籍が制度化されることになる歴史的背景を、近年公開されたアーカイヴ資料等も用いることで明らかにすることを試みた。人口規模・経済規模等で圧倒的に小国であるエストニアにとって、ソ連からの独立回復は直接の交渉で達成できるものではなく、一方で西側諸国の支援のみならずロシアとの良好な関係、他方で、ロシアとの間に衝突を招きかねない歴史的正義の回復というレトリックの両方が必要であった。
 冷戦後の国際秩序の性格は、実は、ソ連末期の(ソ連構成共和国も含めた)国際関係にすでに現れていたのであり、これを記述することが、現代世界の諸問題を見る上での一つの土台となる。