表題番号:2023C-623 日付:2024/04/04
研究課題死者を追悼するビザンティン写本――パリ74番制作動機・用途特定の試み
研究者所属(当時) 資格 氏名
(代表者) 文学学術院 文学部 助手 太田 英伶奈
研究成果概要

 本研究計画ではパリ国立図書館が所蔵するギリシア語74番写本(11世紀、以下パリ74番)がコンスタンティノポリスの亡きストゥディオス修道院長を追悼するために制作された可能性を、以下の3項目から検証する。即ち、①献呈図における人物の動作、②献呈銘文における発話主、そして③献呈銘文における死の婉曲表現である。2023年度は項目②および③を検証する予定であったが、項目①の検証に使用する研究材料が思いの外早く揃えられたため、予定を変更して項目①を検証した。 

 ビザンティンの献呈図では現実の人間である献呈者が聖なる存在に物体を奉る構図が通例であるにも関わらず、パリ74番では聖なる存在である福音書記者が献呈者であるストゥディオス修道院長に物体を授与する献呈図が3回繰り返される。つまり、通常の献呈図とは献呈者と被献呈者の役割が逆転しているのである。このような「逆転」した構図を持つ献呈図が他にもないか調べたところ、パリ74番とほぼ同時期の11世紀後半から12世紀前半にかけて3作例(うち1作例は現存せず、文献上でのみ記録される)存在することが判明した。しかも、これら3作例は全て皇帝の注文による作であった。したがって、「逆転」の献呈図は本来皇帝にのみ使用が許された図像であったと云える。この成果を2024319日に台湾中央研究院にて開催されたAFOMEDI 2024 Conferenceにて報告した。

 項目①のみを検証した限りでは、パリ74番が世を去ったストゥディオス修道院長を偲んで制作された可能性はむしろ遠ざかったように思える。というのも、皇帝専用の図像である「逆転」の献呈図が引用されたのは、このストゥディオス修道院長の権威を効果的に示すためであり、本人が生前に指示して描かせた可能性も充分考えられるからである。2024年度も引き続き同じ研究計画を特定課題研究費助成のもと進め、項目②および③を検証する予定である。