表題番号:2023C-620 日付:2024/02/14
研究課題学校における発達障害の知と経験に関する研究
研究者所属(当時) 資格 氏名
(代表者) 文学学術院 文学部 教授 竹中 均
研究成果概要
 学校教育については、発達障害の学童、例えば自閉症の学童の教育実践に大きな困難があることが知られている。とりわけ、道徳を教えるのには独特の難しさを伴う。その原因の一端は、自閉症者が「社会性の障害」や「想像力の障害」と従来呼ばれてきた特性を持つためであると思われる。
 だからと言って、そのような学童の「社会性」や「想像力」の<欠如>を嘆くだけでは状況は改善しないであろう。根本的な問題は、自閉症者の思考パターンが定型発達者とは質的に異なっているらしいという点にどう向き合うかにある。
 以上の問題に対して、ブレイクスルーをもたらす可能性を秘める新説として、カール・フリストンが提唱した「自由エネルギー原理」に基づく「予測誤差最小化メカニズム」という、脳の働きを統一的に説明しようとする理論がある(ヤコブ・ホーヴィ著、佐藤亮司監訳、太田陽・次田瞬・林禅之・三品由紀子訳『予測する心』勁草書房、2021年、参照)。それによれば、脳に基づく知覚や行為は、予測誤差最小化というシンプルで計算可能なメカニズムの階層的組み合わせによって作動している。そして、統合失調症者や自閉症者が示す一見複雑多岐に見える「症状」も、このメカニズムの偏りによって統一的に説明出来るのではないかと期待されている。
 従来の社会学的主体観だけでは自閉症者の思考と行動をうまく把握するのは困難である。だが、上記の神経科学的知見の導入によって、この困難を克服出来るかも知れない。上記のメカニズムは難解とは言え、原理的にはシンプルらしいので、心の擬人化説のような曖昧さに頼ることなく、脳の働きを明快に説明出来ると期待されている。そのような可能性に挑戦するためにはまず、主体や教育についての社会学的理解を、神経科学の新知見に対しても柔軟に開くことが求められているように思われる。