表題番号:2023C-380 日付:2024/03/10
研究課題ウォルター・ペイターの『享楽主義者マリウス』におけるロマン派文学受容の諸相
研究者所属(当時) 資格 氏名
(代表者) 教育・総合科学学術院 教育学部 教授 虹林 慶
研究成果概要
 本特定課題研究は、ヴィクトリア朝末期の散文家であるウォルター・ペイター(1839-94)の代表的小説作品である『享楽主義者マリウス』(Marius the Epicurean)におけるロマン派詩想から受けた影響を明らかにすることによって、同作品をロマン派文学の潮流において読み直す試みである。なお、同作品の分析には現在刊行中の最新の全集を参照する必要があり、刊行済みの巻については購入し、本研究に活用した(研究費の主な使途)。
 本研究の進捗状況について報告する。結論として、作品の分析、必要な資料の収集と読解、国際誌に論考の投稿を行うことができた。『享楽主義者マリウス』は一見、主人公がたどる哲学上の思索をキュレネ派、ストア哲学、原始キリスト教の順で紹介しつつ、マルクス・アウレリウス統治下のローマ帝国時代のエトスを描く物語である。これに対して本研究は、「ロマン派詩想からの影響」という観点を設けることで、小説の哲学的思索の根本にある美学的教育がロマン派詩想の実践と発展に基づくものであることを示そうとするものである。この主張は、ペイターが同作品においてローマ帝国時代を描くことで、19世紀の感受性を描こうとした(作品冒頭に言及あり)真の意図を明らかにしようとするものでもある。すなわち、ペイターは19世紀後半に決定的なインパクトを与えたロマン派詩想を修正する試みをこの小説で行っていたのであり、そのことは自身の美学の修正(特に酷評された『ルネサンス』の「結論」における主張の修正)の方向性も決定したのである。ロマン派全盛の19世紀前半とアンチロマン派の20世紀とのはざまに置かれたペイターのロマン派受容の解明は、英文学史におけるロマン派の潮流をとらえなおす試みにおいても極めて重要と考える。今後もペイターのロマン派受容についての研究は発展性があり、他の作品解釈を行っていきたいと考えている。