表題番号:2023C-373 日付:2024/04/04
研究課題日本近代文学と資本主義に関する研究
研究者所属(当時) 資格 氏名
(代表者) 教育・総合科学学術院 教育学部 教授 石原 千秋
研究成果概要
この研究では、近代になって新たなステージに入った資本主義と文学との関係を考察することを目標とした。
注目したのは、視線と欲望と速度である。視線は資本主義を成り立たせる基本である。たとえば、資本主義の申し子と言ってもいいファッションは視線がなければ成り立たない。見ることによって「ほしい」といいう欲望が生み出されるからである。「見せびらかす」という言葉がそれをよく物語っている。それは道徳上よく語られる「人の身になる」ことでもある。資本主義下の道徳は資本主義の形をしている。
また、資本主義下では、「できるだけ多くのものを、できるだけ多く、できるだけ速く」が目標になる。日本では、関東大震災後にこの目標が庶民の間にも広がった。
近代文学で視線と欲望と速度に怯えた人物が現れた。夏目漱石『行人』の長野一郎である。彼はこの3者の中で特に近代文明の「速度」にお怯えている。これを夏目漱石について考えれば、近代以降、漱石の留学したイギリスが、ヨーロッパでも特別に「速い」国として認識されていたことが考え合わされる。作中人物である長野一郎の「速度」への怯えは、イギリス留学から持ち帰った漱石の感性かもしれない。