表題番号:2023C-355 日付:2024/03/11
研究課題ソ連収容所文学におけるたばこの詩学的機能に関する考察
研究者所属(当時) 資格 氏名
(代表者) 文学学術院 文学部 教授 山本 浩司
研究成果概要
「マテリアルスタディーズ」を文学研究に応用する「事物の詩学」を足がかりに、ソ連の収容所体験の言語化の営み、すなわち第一世代の自伝的記述(ソルジェニーチン、シャラーモフ、ギンズブルク、フーバー=ノイマン、ケストラー、ヴァイスベルク)と遅ればせながらの文学的フィクション化(W・ルーゲ、H・ビーネク、O・パスティオールら)、さらに後継世代による21世紀のフィクション(H・ミュラー、S・メンシング、E・ルーゲ、E・フンメル、H・モリスら)において、たばこが果たす他に類を見ない多角的な詩学的機能を、生理用品や出産育児用品など女囚に関わる事物とも比較しながら、収容所文学という歴史学的心理学的社会学的に膨大に蓄積されてきた学術的資料をベルリンやウィーンなどドイツ語圏の図書館資料館で渉猟した。収容所体験のナラティブに新たなアプローチをし、収容所内代理通貨としての堅牢と嗜好品としての儚さを併せ持つたばこという事物の多面性を提示することで、遺品や大量生産品など確たる事物に関心が偏りがちな「事物の詩学」に対しても、新しい観点を提供することができた。研究成果は、10月ソフィア大学(ブルガリア)ドイツ文学科創設百年記念国際学会にて口頭発表し、この国際発信によって「事物の詩学」とグラーグ研究に対して新しい視座を提供することができた。3月初旬には発表原稿を加筆訂正した「Avantgardistische Annäherungsversuche an historisch-biografische Brüche. Über Horst Bieneks und Oskar Pastiors Erinnerungsarbeit zum Gulag〔歴史的=自伝的な断絶へのアヴァンギャルド的手法による接近の試み ホルスト・ビーネクとオスカー・パスティオールのグラーグ回想の試み〕」をブルガリア大学刊行の学術誌「Germanistik und Skandinavistik」の特集号に投稿済みで査読結果を待っている段階である。同時にビーネクに限定した研究成果は慶應義塾大学『藝文研究』に日本語で発表した。これまで等閑視されていたグラーグ文学に新たな光を当てることに一定程度成功したと言えるだろう。