表題番号:2023C-310 日付:2024/03/08
研究課題シレジウスにおける否定神学とその彼方――現代哲学からのアプローチ
研究者所属(当時) 資格 氏名
(代表者) 法学学術院 法学部 教授 守中 高明
研究成果概要
 キリスト教神秘主義詩人アンゲルス・シレジウス(1624‐1677年)の思考は、一般に「否定神学」と呼ばれる。しかし、代表作『ケルビムのごとき旅人』(1675年)を緻密に読解するとき、その呼称の不適切性が理解される。シレジウスにおける〈神性〉とは、知と言語によって把握・表現することが可能なものに対立する否定性ではなく、人間知性の領界=秩序に還元できない別種の〈過剰〉そのものなのである。

 シレジウスが呼びかける神は、いかなる名も適合しないがゆえにあらゆる名を要求し、いかなる固有性も持たぬがゆえにあらゆるものを受け容れ、いかなる言語活動も非‐十全であるがゆえに絶えざる呼びかけを触発する。それは人間存在をして無限の自己贈与へと誘うなにかであり、その〈過剰〉に晒されるとき、因果律と目的論の一切は失効する。

  事実、『根拠律』(1957年)一冊をシレジウス読解に充てたハイデガーは、「薔薇は何故なしにある、それは咲くが故に咲く」という詩人の名高い一句をライプニッツの「根拠の命題」=「いかなるものも根拠なしに在るのではない」と対照させつつ、この詩句の孕む「矛盾」とその解消の方向性を指し示す。この詩句と命題が相互に矛盾をはらんで見えるとすれば、それは人間が「根拠の命題の支配圏」に属する仕方を「薔薇」から「区別」するかぎりにおいてのみであり、人間は「薔薇のごとくに――何故なしに――あるとき初めて〔…〕最も覆蔵された根柢において真実にある」のだ、と。
 
  それゆえシレジウスの思考は、すぐれて現代的意義をもつ。アルゴリズムを根拠としてあらゆる事象をプログラム化し、その目的論から外れるものを非‐効率的だとして排除する現代世界――肥大化し続けるその全体性への批判的視座をシレジウスは与えてくれる。
 この研究は、単著『祈りの哲学――神・無・共同体』(河出書房新社、近刊)の第2部に発表される。