表題番号:2023C-265 日付:2024/03/17
研究課題刑事法学の諸問題
研究者所属(当時) 資格 氏名
(代表者) 高等学院 教諭 川田 泰之
研究成果概要
近年、様々な形で教員等(指導者・引率者)の法的責任が問われるケースが目に留まる。民事裁判例については複数の網羅的な先行研究が存在するが、刑事裁判例についてはわずかに川端博明治大学名誉教授の業績が認められる程度である(川端博・人格犯の理論、同・刑事法の問題群Ⅰ)。学校事故をめぐる刑事裁判例について検討することには、一定の先駆的価値がある。主に正当業務行為に関する裁判例のうち、無罪判決が下された事件を検討対象とした。

事実行為としての懲戒にあたって、一切の有形力行使を認めないことは不合理であると、(少なくとも古い)判例は考えている。水戸五中判決(東京高判昭56・4・1)で判示された、①被害の軽微性、②手段の相当性、③目的の正当性、④刑法の謙抑性等と生徒の保護とのバランスを考慮して、事実行為としての懲戒の限界は決せられることとなる。ただし、長年にわたって平和を享受しているわが国において、暴力や死に対する忌避感は大きくなっているから、このような価値観の変化が裁判所の判断に影響を及ぼしている可能性は高い。

懲戒行為ではなくても、例えば喧嘩している生徒を止めるために腕を掴む程度の有形力行使は、むしろ職務としてやらねばならぬことであって、当然許容される。裁判例を概観しても、もちろん状況次第ではあるが、横臥する生徒を抱き起す、手を引っ張る、胸を押す程度の有形力行使は許容されている。逆に、教員等が激昂・憤激していきなり殴打したようなケースは、ほぼ許容されることがないようである(例えば、水戸地土浦支判昭61・3・18)。

なお、有罪率が極めて高い日本の刑事司法において無罪判決が下された事件は、有罪か無罪かの判断が困難な(どちらに転んでもおかしくなかった微妙な)事件であったと推測可能である。したがって、検討対象とした裁判例を素材として模擬裁判を実施すれば、それは必然的に見解の対立を含むこととなるから、異なる意見を調整して合意形成を行うトレーニングの素材となる。裁判記録に依拠して、その素案も作成した。