表題番号:2023C-255 日付:2024/06/30
研究課題ギュスターヴ・フローベールの作品における18世紀フランス啓蒙思想家の影響
研究者所属(当時) 資格 氏名
(代表者) 高等学院 教諭 中野 茂
研究成果概要
 本研究では、近代小説を完成させたと言われているギュスターヴ・フロベール(1821-1880)の代表作『ボヴァリー夫人』(1857)における18世紀フランス啓蒙思想家の影響の射程の解明を、〈神の摂理〉という概念に注目して行った。
 従来フロベールは、19世紀の枠の中から、あるいは20世紀文学への影響という観点から論じられることが多かった。しかしながら、さまざまな資料から明らかになりつつあるように、フロベールは18世紀というパラダイムの中で思考し、執筆した作家であった。それゆえ、申請者は2009年よりフロベールと18世紀文学・思想との関係についての研究を展開してきた。しかしながら、啓蒙主義思想家達の〈神の摂理〉理解がフロベールに与えた影響に関しては、いまだ検証が進んでいない。
  18世紀中頃の啓蒙思想家、とりわけルソーにおいて〈神の摂理〉と〈自由意志〉の関係は世界理解の一つの鍵をなしていた。またヴォルテールも〈神の摂理〉を意識した作品を残している。このような、18世紀啓蒙思想の影響を色濃く受けた〈神の摂理〉という本来は宗教的であった概念は、フランスの地方の風俗を描いた『ボヴァリー夫人』において非宗教化することで社会活動への影響力を増し、決定稿や草稿において、とりわけ小説の重要なシーンにおいて頻出する。それゆえ本研究では、19世紀半ばの社会を描いた小説において作中人物に対して〈神の摂理〉がどのような射程を持っているのかを検証した。
  〈神の摂理〉は議論や司祭の宗教活動の場にとどまらず、作中人物の意識や無意識の中に存在し、この小説のテクスト空間に潜在化・顕在化して、地方の風俗を描いた小説の通奏低音をなしている。のみならず、〈神の摂理〉はボヴァリー夫人の破滅の場面において仮借なき力として小説世界を支配し、エマを操り人形のように動かしている。こうして、〈神の摂理〉という決定論が作家の世界観に取って代わられる様子がうかがえる。