表題番号:2023C-234 日付:2024/02/13
研究課題オーラルヒストリーの重要性と課題ー「物語り」の歴史から見るアメリカ対抗文化
研究者所属(当時) 資格 氏名
(代表者) 国際学術院 国際教養学部 教授 麻生 享志
研究成果概要

 オーラルヒストリーという新ジャンルの展開は、近年インターネット・アーカイブの整備と進化によって急速に進む。とくにベトナム戦争を契機に脱越を余儀なくされたベトナム系アメリカ人が作る難民による「語り」の継承は、テキサス工科大学『ヴェトナムセンターとそのアーカイブ』(Vietnam War Center and Archive: VNCA)や

カリフォルニア大学アーバイン校『ヴェトナム系アメリカ人オーラルヒストリープロジェクト』(Vietnamese American Oral History Project)として着実に成果を挙げてきた。

 一方、アメリカ文学史を顧みれば、このトレンドが文学の「語り」のなかに、すでに一九世紀中庸には芽生えていた可能性がある。例えば、アメリカ文学を代表するハーマン・メルヴィルの大作『白鯨』は、語り手イシュマエルが海上で遭遇する数々の冒険のなかで耳にする、船乗りたちが紡ぐ多くの「語り」から作られた物語であることが指摘される。なかでも、巨大鯨「モビーディック」のセクシュアリティを巡る議論は、作品内での口頭伝承から作られるものだ。

 加えて興味深いのは、一九世紀半ばにしてメルヴィルが「モビーディック」を語るにあたり、多言語的な視点からこれを提示している点にある。英語では「モビーディック」ないし「ホワイト・ホエール」は、フランス船籍「薔薇のつぼみ」号の船員には Cachalot Blanche とフランス語の女性名詞で呼ばれる。それは単に言語が複数化していくだけではなく、鯨のセクシュアリティが男性的なものから女性的なものへとずれていくプロセスでもある。

 本研究は、伝統的物語にすでに見られる口頭伝承の存在に目を向け、これを現代的な理論的視点から読解する試みである。