表題番号:2023C-130 日付:2024/03/25
研究課題翻訳移入されたお伽噺
研究者所属(当時) 資格 氏名
(代表者) 理工学術院 創造理工学部 教授 西口 拓子
研究成果概要

明治期よりグリム童話はさかんに翻訳移入されてきたが、本研究では、お伽噺シリーズに着目して研究を進めてきた。今回調査した資料は、推測していた通り英語訳を底本とした重訳であった。

いくつかの国際学会において研究発表を行ったが、現代の文学の翻訳研究に携わる研究者との意見交換が有益だった。というのも、明治期の翻訳には日本の文化に合わせた変更が少なくないのだが、現代の作品の翻訳にも同様の現象がみられるためである。

明治期の小説家石橋思案が翻訳したグリム童話にも特に着目した。川戸他編『児童文学翻訳作品総覧』(第4巻 2005年) の「石橋思案」の項には、彼が翻訳したグリム童話としては3編が紹介されているのみである。しかしながら明治30年の『少年世界』(博文館) には、石橋思案が紹介したグリム童話がさらに2編みつかった。すでに記載されている「新大江山」は、グリム童話「どろぼうの名人とその親方」の翻訳とされているが、内容からは「強盗とそのむすこたち」の翻訳であることがわかった。これは、『グリム童話集』の第5版と第6版のみに掲載された版で、現在は第7版が翻訳底本とされるために、ほとんど知られていない話である。それが、英語訳を介して明治期の日本に紹介されていたわけである。

このテクストも含めて思案による5編の考察を重点的に行った。いずれのテクストにおいても、当時の日本に合わせた変更が行われていることが確認できた。テクストの詳細な比較分析から翻訳底本の探求も行った。石橋の翻訳も英語翻訳からの重訳とみられる。これは明治期には珍しいことではなかった。石橋思案の祖父は長崎のオランダ語の通詞であった。父親は途中から英語を学び、著名な英語学者となっている。思案はその長男で、英語訳を底本として明治期にグリム童話を紹介していたことになる。