表題番号:2023C-129 日付:2024/04/04
研究課題チリ軍政下における拷問から生還した女性たちの民族誌的研究
研究者所属(当時) 資格 氏名
(代表者) 理工学術院 創造理工学部 教授 内藤 順子
研究成果概要
1973年9月チリで軍事クーデターが起きてから今年で50年になる。15年あまりの軍政下では市民への虐殺と拷問が横行し、人びとは家族や親しい人を失い、自由を奪われ、いわれのない理由で拷問されて殺された。拷問から生き延びた人たちも数多くいるが、みな心身に傷を抱えたまま生きている。そうした、国家や独裁者による暴力を裁くために、そして繰り返さないために、「真実と和解委員会」に語られる証言は数多あっても、語られない、沈黙してきた忘れられない痛みのほうが圧倒的に多い。
それがいま、半世紀の節目に転機が訪れている。2023年3月に行われた世論調査の結果、軍政が敷かれた過去に感心がないという回答が4割をこえ、軍政肯定派が否定派を上回るのも時間の問題となっているかのような結果となった。具体的には国民の60%が過去のクーデターに関心がないと答え、40%弱がクーデターが起きたのは当時のアジェンデ政権に大半の責任があるとの見方を示す。36%は「クーデターは正しかった」と肯定し、39%は「軍政がチリの経済成長を促して近代化を進めた」と評価した。2023年7月に大統領が「クーデターは認めない」とする共同宣言に署名するよう各党に呼びかけたが、野党の一部は拒否した。その危機感からか、薄れゆく記憶、国民意識をまえに、これまで語ろうとしなかった拷問生還者が口を開き始めた。
本研究ではこうしたあらたな語りを記録するとともに無関心層にも焦点をあて、記憶と痛みの継承をめぐるチリ現状について把握することを試みた。また、これまで口を閉ざしていた女性たちについて、社会の要請、理想とするものに従って黙ること、それは軍政以前から現在のフェミサイドに至るまでの、女性への暴力と無関係ではないのではないか、ということも明らかになってきた。単年度で終えられるものではないため、引き続き継続してこの課題と聞き取りの実践に取り組んでいく。