表題番号:2023C-028 日付:2024/04/05
研究課題サミズダート文学としての『一九八四年』~東側陣営における読者の役割~
研究者所属(当時) 資格 氏名
(代表者) 文学学術院 文化構想学部 教授 渡辺 愛子
研究成果概要
本研究課題では、イギリス20世紀の作家ジョージ・オーウェルの最晩年の作品『一九八四年』が、冷戦期の東欧陣営においてどのような影響を与えたかについて考究した。そのために着目したのがIndex on Censorshipという英文雑誌である。本誌は、同名の非営利団体が1972年より刊行をはじめ、過去50余年にわたり、世界各地で言論の自由が侵されてきた国や地域の状況を世界に報じてきた。なかでも、冷戦期の共産主義陣営における言論規制の動向は、本誌が創刊時から取り上げていたものである。1970年代にはいわゆる東西の緊張緩和が進んだものの、ソ連東欧各国内では当局による市民への規制は続き、80年代にかけて強まっていた。これに伴い、あらゆる著作物は検閲を受け、言論の自由は厳しく制約された。そのようななか、体制に異を唱える者たちの間で、政府の検閲を逃れた「非公式な」著作物である「サミズダート文学」が普及していく。そして東側陣営においてもっとも検閲を受けた書物のひとつが『一九八四年』だった。Index on Censorshipには、各国の言論統制の情報が端的に記されているだけでなく、著名な知識人によるエッセーやコラムも多数収められているため、『一九八四年』がおもに地下組織でサミズダート版としてどのように再生産されたか、それが当局によってどのように弾圧されていたのか、さらに読者のなかでどのような影響力を持ったのか、といった状況を俯瞰することができた。

本課題の研究を通じて『一九八四年』の受容をIndex on Censorshipから検証することで、反体制への格好の素材といえる文学が、圧政下の人々に現実を知らしめ、体制転覆への「想像の共同体」を構築する糸口となりえたことがわかった。本研究の成果は、早稲田大学多元文化論系紀要『多元文化』第13号に掲載された。