表題番号:2021C-109 日付:2022/03/20
研究課題『語絲』刊行期における周氏兄弟の岐路
研究者所属(当時) 資格 氏名
(代表者) 商学学術院 商学部 教授 小川 利康
研究成果概要
本年もコロナ禍のもとで海外出張はすべてキャンセルとなったが、オンライン学会での学会発表の機会が増え、招待を受けた学会を中心に新たな知見をもまとめる努力を重ねた。
まず1本目は中国文芸研究会の例会で「周作人と優生学——進化論受容の手がかりとして」を発表した。かねてから周作人の進化論にはハヴロック・エリスの影響があり、その主たる影響として優生学に関する知見があったのではないかと指摘するものである。周作人がセクソロジーや文芸論についてエリスから影響を受けたことは旧著『叛徒と隠士ー周作人の1920年代』でも触れたことがあるが、紹興時代(1911~1916)には優生学関連の文献を翻訳し、エリスの優生学に関する論文にも言及がある。中国の再生と漢民族の再起を目指す周作人がイギリスにおける優生学の動向に興味を持つのは当然ともいえる。だが、五・四運動以降、クロポトキンによる進化論批判や「新しき村」の影響を契機として、この人種改良が持つ危険性に気づき、優生学に対して否定的な立場を採るようになったと考えられる。この方向転換は『語絲』刊行期の周作人の思想に大きな意味を持ったと考えられる。
このほか、日本フランス語フランス文学会東北支部の招請で、ボードレールが中国近代文学に及ぼした影響について講演を行った。このなかで主として論じたのは周氏兄弟のボードレール受容であり、古典定型詩が圧倒的な存在感を持つ中国において口語自由詩の成立にはボードレール受容が不可欠であったことを強調した。また、年末には中国人民大学文学院の招請で、日本留学生による文学結社である創造社と厨川白村との関係について発表を行った。厨川白村は周作人にも大きな影響を与えた文芸評論家であり、その影響内容は創造社メンバーとも共通する。
総じて今年度も研究面で大きな展開が見られなかったのは遺憾である。だが、『語絲』時期の周氏兄弟研究のための基礎研究としての蓄積は出来たと考える。