表題番号:2018K-066 日付:2019/03/29
研究課題謡本テクストに関する総合的研究と『現代謡曲集成』の刊行
研究者所属(当時) 資格 氏名
(代表者) 文学学術院 文化構想学部 教授 竹本 幹夫
研究成果概要

本研究期間を通じて知り得た知見は、以下の通りである。

 ① 室町期謡本の節付を研究した。室町期謡本の最古例に続する金春禅鳳謡本を中心に、その後嗣が書写した謡本との比較校合を行い、詞章と節付の変遷の状態を確認した。

 ② さらに、金春禅鳳謡本その他で同一曲が重複して現存するものにつき、比較校合を行った。

以上の作業を通じて、下記の事柄が明らかとなった。

1.金春大夫禅鳳の謡本は、金春流系の鈔写版謡本としては最古例に属するが、複数の重複曲が存在する。それらを初めて厳密に校合したところ、文字表記・詞章内容・節付のいずれにおいても、小異が存在することが明らかになった。

2.禅鳳の孫の大夫喜勝は多数の謡本を残している。その自筆本や節付本(詞章は別筆)の重複例をすべて検討したところ、やはり禅鳳同様の小異が存在した。

3.両者を比較したところ、小異に関しては異同が互いに錯綜して、それらの異同自体は、禅鳳から喜勝への系統的な変遷の後を辿る材料とはなり得ないことが明らかとなった。

4.参考として、観世大夫元忠(宗節)の謡本について、重複曲を検討したところ、やはり禅鳳や喜勝の例と類似の小異が存在した。

5.以上のことから、室町期鈔写謡本に関する微少な異同に注目した系統分析は、あまり意味がないことが明らかである。謡本の系統を分析する場合には、きわめて大きな異文のみに注目することが重要である。

6.同様の理由から、節付の厳密な異同分析から謡曲のアクセントの変遷を辿ろうとする日本語学の分野においても、小異の違いの扱いには注意を要する。

③ なおこれと関連する謡本研究の一環として、科学研究費補助金を用いた、本学図書館蔵古活字玉屋謡本の表紙裏打ちの反故に用いられた文書の内容検討と、謡本自体の本文研究を行った。そして同本を光悦本と元和卯月本との中間形態とする従来の説に対し、古活字玉屋本は、寛永頃に刊行された、光悦謡本の複数の版に基づく海賊版であると結論し、その刊者は京都寺町下御霊前町在住の太兵衛なる書肆であり、屋号もしくは姓が塩川であった可能性を論じたことを付言する(後記研究成果欄参照)。