表題番号:2016K-055 日付:2017/03/31
研究課題ディケンズ晩年の作品における「死」の構造
研究者所属(当時) 資格 氏名
(代表者) 文学学術院 文化構想学部 教授 梅宮 創造
研究成果概要
 古来、小説の内容に人の死や恋愛がとり扱われるのは常のことであり、それ自体驚くべきものでも何でもない。ディケンズの場合も例外にあらず、初期作品から晩年の作に至るまで、さまざまな作中人物のさまざまな死があり、またもろもろの恋愛模様が描かれている。これは小説家が、常に人間の基本要件から目を離すことなく、ある意味では、何よりも人間の原点にこだわらずにはいられないからだろう。ディケンズはことのほか人間の問題にこだわった。そのこだわりの様相を作品の側から捉えてみようと試みたのが、今回の研究である。テーマとして選んだのが「死を見つめる目」、主に扱った作品は最期の未完作『エドウィン・ドルードの謎』である。この一作はディケンズの全作品中、上記のテーマがもっとも特異な、もっとも鮮烈なかたちを結んでいるように思われる。同時にまた、この小説は十九世紀末から二十世紀にかけての新しい文学を導く範例を示している。研究を進めるにあたっては、その点も重視した。
 このたびは折好く特別研究期間の恩恵にあずかり、ロンドンに在住しながら、ディケンズの文学に関する一次資料を身近にもとめることができた。Charles Dickens Museumのアーカイヴはなかんずく貴重な資料を集めており、そこに出入りできたことは望外の幸せであった。これは単に資料閲覧というだけでなく、それを機縁にディケンズ関係者らと語らい、新しい知見を得て、そして何よりも、ディケンズがこの家に住んでいた当時の空気をいつも肌で感じることができた。こういうみずみずしい知的体験を通して感受される、斬新かつ強烈な刺激となれば、日本に留まって行う研究にあっては望むべくもない。
 本研究の成果の一部は早稲田大学英文学会誌『英文学』第103号に発表した。あくまでも“一部”である。このあと続編がつづく。