表題番号:2013B-244 日付:2014/04/10
研究課題アメリカン・モダニズムへのグローバル・インペリアリズムの影響
研究者所属(当時) 資格 氏名
(代表者) 国際学術院 教授 大和田 英子
研究成果概要
 本研究は、アメリカ文学におけるコロンブス表象とコロンブス解釈の近年の遷移を今一度概観し、そうした解釈の萌芽となる表象を、アメリカのモダニストの作品のなかに見いだそうと試みるものである。アメリカの建国神話を大きなパズルに喩えるなら、コロンブスの「新大陸発見」という伝説は重要なピースとなろう。だが、その伝説が賞賛だけではすまされない大きな罪と背中あわせであるという背反する事実は、文学的想像力によってどのように昇華されたのか。また、コロンブスを、グローバル化するインペリアリズムの魁とする意識は、どのような文学的営為により記述されたのか。本研究では、ウィリアム・フォークナーとハート・クレインの詩にこれらの痕跡を読み取りたい。
 本研究は、まず近年のパラダイム・シフトの参照を行い、19世紀半ばに起こった日本の開国を含むアジアでの変動を受けた19世紀末から20世紀初頭にかけて、アメリカ知識人が直面したパラダイム・シフトへと焦点をもどしていく。これには、西部開拓が終わりを告げ、第一次世界大戦をかろうじて乗り越えた時代の流れのなかで、文学の世界でもそれまでの既成概念や価値観に一石を投じる新しい潮流がモダニズムとして興ってきた、その変革を含められるであろう。そうした文学形式が花開いた場所で、コロンブス表象はどのように扱われていたかを概観する。
 ここで手がかりにしたいのは1910年代から1930年にかけてのモダニスト詩人の作品である。これらの作品には、角度の異なる「コロンブス」の読み方が提示されているからであるが、本研究では端緒として『ミシシッピアン』1919年11月12日号に掲載された、ウィリアム・フォークナーの「中国(キャセイ)」(以下「キャセイ」と表記)をみておきたい。この詩はフォークナー研究においても取り上げられることが非常に少なく、フォークナーの初期詩作の経緯を叙述するときのみ言及されるといっても過言ではない。
 フォークナーの「キャセイ」と対比するためにクレインの「橋」を参照し、クレインのコロンブスは誤謬を飲み込み、その後のアメリカ大陸の発展へと『橋』のテーマは展開していくが、クレインの語り手も、無垢な人々の犠牲の上に成り立つ新世界の発展を無邪気に祝うわけにはいかず、終章では「血に染まる槍」(Complete 74, 楜沢140)を掲げつつ、幻の大陸アトランティスと幻の黄金の国キャセイを同義とすることで詩的昇華を計ろうとする。こうして、文学の想像力はキャセイをめぐる矛盾を露呈させるさまを検証した。