表題番号:2013B-242 日付:2014/04/03
研究課題領域を巡る国際法規範のアジアにおける生成発展とその課題
研究者所属(当時) 資格 氏名
(代表者) 国際学術院 教授 池島 大策
研究成果概要
 アジアにおける領域の概念がはたして西洋諸国が考える領域の概念と同じであったか否かには、疑問がある。近代ヨーロッパにおける主権国家概念の誕生は1648年のウェストファリア条約の締結に端を発するとみなすウェストファリア由来の主権概念(Westphalian sovereignty)は普遍的な発想であろうか。中国の影響下に長らくあったアジアにはたして当てはまるのか否か、また今後とも当てはめるべきか否かを再考する時期が来ているともいえる。
現代は、中国を始めとしたアジア的な主権概念(Eastpahlian sovereignty)が働く余地はないのかどうかが問われ始めている。なぜなら、アジアにおける昨今の中国の目覚ましい台頭は、新興国としての中国による既存の枠組みへの挑戦という西洋中心の視点からだけでなく、再興または再起して国際社会の舞台に戻ってきた超大国(returning super-power)である中国のという観点を抜きにしては、国際秩序の行方を見誤ることになるのではないかと考えるからである。
尖閣諸島問題や南シナ海問題などの領土主権に関わるアジア地域での紛争に関して、中国の台頭とか海洋権益の拡張、現状変更要求などといった解釈だけで把握しきれない。むしろ、欧米社会の見方に基づく伝統的な国際秩序観や法規範から距離を置きつつ、中国の置かれた現状、法制度や統治機構、歴史と文化に根差した思考様式などを深く検討したうえで、アジアでこうした紛争が起こる原因や、現状の改善のための方途を考察し、提言することが重要で実際的であろう。
 南シナ海における領土海洋紛争に関しては、中国の主張するいわゆる断続線(U字線)に基づく権利主張がフィリピンやベトナムを含むその他の沿岸諸国の権利主張と競合する現状と、中国の歴史的な立場、紛争当事国の立場、地域的な利害関係を有するASEAN、そして米国や日本を含むその他の利害関係諸国の視座の違いを踏まえた複眼的な分析とが必要である。東シナ海においては、領土問題以上に漁業の扱いこそが一番の実務上の懸案であって、従来から行われている地元の漁業関係者に満足のいく実利的な調整が関係国間で行われる努力が必要となる。したがって、フィリピンによる一方的な仲裁への提訴は、必ずしも紛争の真の解決には至らないものと危惧される一例である。
 以上、領域に関する国際法上のルールは、西洋的な視点だけに固執せず、アジアや各地域に密着した方法やアプローチを関係国間で模索しあうプロセスを重視すべきであると考えられる。そうした視点を踏まえた秩序形成の動きや土壌が徐々に育まれる過程にあることを予感させる。さらには、中国の最近の動向を安全保障上の脅威とか、領域主権に囚われたナショナリズムとかの要因を強調しすぎると、グローバル・コモンズのような領域の安定的な管理の在り方にも無用な偏見と誤解を招く虞が増すことにつながるであろう。