表題番号:2013B-157 日付:2014/04/22
研究課題シアノバクテリアの概日システムの統合的解析
研究者所属(当時) 資格 氏名
(代表者) 理工学術院 教授 岩崎 秀雄
研究成果概要
研究成果概要

本研究は,単細胞性および多細胞性シアノバクテリアを用いて,概日システムと光同調性,ゲノムワイドな概日発現リズムに関する基本的な性質を解析するものであり,以下に述べる4点に大きな進展を見た。

1. 転写翻訳フィードバック様式と光同調に関する解析:
単細胞性シアノバクテリアSynechococcus elongatus PCC 7942は,連続明条件下(増殖時)ではゲノムワイドな転写リズムを誘導するが,連続暗条件下では時計遺伝子群kaiABCを含む大部分の転写翻訳が停止する。この条件や,転写・翻訳阻害剤を過剰に投与した条件においても,KaiC蛋白質のリン酸化振動が持続する(Science, 2005a)。さらに,時計蛋白質(KaiA, KaiB, KaiC)をATPとインキュベートするだけで, KaiCのリン酸化振動を試験管内で再構成できる(Science, 2005b)。
 いっぽう,kai遺伝子群は連続明条件では顕著な発現振動を呈し,転写翻訳フィードバックが二次的に動作していることが分かっている。もし,中心振動子が翻訳後修飾レベルの事例振動であるとすれば,シアノバクテリアのこの転写翻訳フィードバックは何らかの機能を担っていないのであろうか。概日時計は明暗サイクルに同調するため,一定時間以上の暗期により,位相の調整(同調)が起こらねばならない。私たちは,明期に駆動される時計遺伝子群の周期的な発現変化が,暗パルスに対する時計の同調に時刻依存的な影響を強く及ぼしていることを示し,新たな光同調機構の存在を示した。すなわち,シアノバクテリアの時計の光同調には、翻訳後修飾レベルで生じる生化学的なKaiCリン酸化反応のリズムと,その振動状態を周期的に変化させる転写・翻訳フィードバック・ループの双方が密接に関連していることを初めて明らかにした。この成果をHosokawa et al. (2013)としてPNAS誌に発表した。

2. 時計遺伝子kaiAとゲノムワイドな発現調節の関連についての解析:
kaiAの過剰発現株では,kaiBC遺伝子を含め,主観的黄昏時にピークを持つ概日発現遺伝子の発現が軒並み活性化されること,逆に主観的明け方にピークを持つ概日発現遺伝子群の発現が著しく低下することをマイクロアレイ解析により明らかにした。つまり,kaiA過剰発現株は,事実上時計が主観的黄昏時で時計が停止した表現型を呈する。この我々の研究と,kaiA過剰発現株における外来遺伝子発現解析の結果を,Xu et al. (2013)としてCurr. Biol.誌に発表した。

3.KaiCリン酸化振動を欠く変異株における入出力系の解析:
KaiCの二か所のリン酸化部位(Ser431,Thr432)をグルタミン酸に置換したkaiCEE株では,リン酸化リズムは消失するが,約48時間の長大な周期のkaiC転写リズムが駆動されるが,そのメカニズムは明らかではない。そこで,このリン酸化リズム消失変異株の概日振動子と概日入出力特性を解析することで,概日システムにおけるKaiCリン酸化リズムの機能を解析した。まず,マイクロアレイを用いて,kaiCEE株の転写制御解析を試みたところ,意外にも安定かつ顕著な長周期リズムを観察することが出来た。KaiC蛋白質は,従来そのリン酸化状態の変化を,申請者が発見した二成分情報伝達系因子SasA-RpaA(Cell 2000; PNAS 2006)に直接相互作用することを介して,時刻情報をリン酸化リレーとして伝達すると考えられてきた。しかし,上記の結果は,その時刻情報伝達にKaiCのリン酸化サイクルが必ずしも必須でない可能性を示唆する。さらに,kaiCEE株における時刻依存的な位相応答や,暗期中の計時機構に関する解析とともに,その転写振動の安定性を評価するための温度補償性の解析を行った。その結果,野生株に比べて著しい位相応答を示すほか,この株が連続培養条件下で著しく明瞭な転写リズムを示すこと,そして明瞭な温度補償性を示すことを示し,Umetani et al. (2014)としてJ. Bacteriol.誌に発表した。

4.多細胞性シアノバクテリアにおける概日システム解析:
 従来,概日時計と発生・分化の高次クロストークの研究は高等生物に限定されていたが,窒素欠乏下で窒素固定に特化したヘテロシストを分化する多細胞性シアノバクテリアAnabaena sp. PCC 7120は,両者の関わりを解析するもっとも単純で強力な系となる可能性が高い。そこで解析を行ったところ,単細胞性では最も高い振幅を誇るkaiBC遺伝子発現リズムはAnabaenaでは殆ど観察できなかったが,ゲノムワイドな転写リズムのプロファイル,kai遺伝子欠損株における転写リズムの停止などを確認した。さらに,ヘテロシスト内は,酸化還元状態,酸素分圧など,細胞内環境が光合成細胞と著しく異なるが,窒素欠乏下,ヘテロシストでのみ特異的に高振幅で発現振動する遺伝子群を発見し,ヘテロシスト分化における概日振動の役割を解析する端緒を得た。これらの成果は,Kushige (2013)として,J.Bacteriol.誌に発表した。