表題番号:2013B-125 日付:2014/04/11
研究課題17-19世紀における遠隔地商業環境と中国の社会経済構造に関する研究
研究者所属(当時) 資格 氏名
(代表者) 理工学術院 教授 熊 遠報
研究成果概要
この課題は、主に大航海時代以降、日本とアメリカ大陸の銀を起爆剤とする国際商業ブーム、特に16 世紀半ばから 19 世紀初にかけて東アジア・東南アジア海域における国際貿易における銀の流入および中国社会の長期的社会経済変動に注目しながら当時の商業環境及び具体的経済変動を構造的に把握する試みである。
本研究では、遠隔地商業環 境・取引コスト、及びその背後の制度的「成長」・民間社会の営為に注目し、官僚、特に商人の私書(家信)等を中心に、重要な旅行記、日記、日用類書、路程書、税関報告、漕運全書等の公私文献を利用し、交通・情報伝達の側面から、南北物流の中心的役割を担った京杭大運河水系をめぐる交通路、物流形態、旅 館、情報伝達システム等、即ち社会資本・商業環境の制度的変化を具体的に考察した上で、17-19 世紀に おける中国社会経済の非均衡の空間特徴を明らかにするものである。2013年度、主に徽州商人の帳簿、書簡を中心に、現地調査と資料収集、及び研究成果の報告を行ない、北京の商人(地域会館)と商業ネットワークを巡って、民間社会の商業環境の整備、取引コストに関して研究を行なった。その結論は以下である。
15世紀末より開始した新航路の発見及び銀等の鉱山の開発による世界規模での貿易と銀流は、世界の主要な地域と海域を巻き込み始め、これによる「大地震」とその「津波」は、徐徐にユーラシア大陸東部に広がり、社会内部の様々な要因を合わせ、中国社会の共振も発生し、社会経済の躍動と膨張が顕著化していたが、人々とものの移動にかかわる社会環境が十分に整備されていないまま、中国において遠距離国内貿易と国際貿易が活発的に展開されていた。商人たちは、社会流通と人々の空間移動に自ら利己的な環境整備と制度創出を行ない始めた。商売先での会館創設は、現実の宿泊施設等の確保、同郷人の絆を強め、官僚と商人の協力を図って現地の様々な問題を解決していくという側面があった。一方、社会流動の加速による社会競争がますます激しくなった環境の中で優位に立つために明代中期から盛んに行われていた血縁ネットワークの拡大と同じように様々な社会的資源を掘り起こし、創出する商業戦略でもあった。しかもこの時期に入って社会競争は単なる個人、家族だけではなく、一族、地域という規模で行われて、形式も単なる科挙受験競争だけではなく、政治権力と経済利益の獲得を巡る競争は、より多様、複雑な形で行われた。商人集団は、会館という拠点を作り、長期的に維持、管理、拡大を通して、地元の知識人・科挙受験者・北京での同郷官僚に支援し、支えていた。これは、多くの社会的資源を開発し、様々な情報を集約する投資戦略の一環で、商業リスク回避の措置であり、交易の社会的なコストであると言える。したがって中国社会を理解する際、科挙に関わる社会身分の上下移動という視点は重要であるが、首都での地縁会館は単なる科挙受験関連の施設ではなく、より複合的機能をもっていた。それは、同郷クラブ、地域の首都事務所、政治経済に関する情報センター、商人ネットワークの結節点、同郷商人の信用保証センター、上京者の宿泊施設などの多様な顔と機能を有する複合的施設であった。