表題番号:2013B-121 日付:2014/04/10
研究課題ステントレス僧帽弁の世界初の臨床応用を通じた医工学評価・予測技術の体系化
研究者所属(当時) 資格 氏名
(代表者) 理工学術院 教授 梅津 光生
研究成果概要
我国の僧帽弁手術は半数が人工弁置換、残りは外科的トリミングによる弁形成術である。僧帽弁置換術においては、人工弁置換による左心室機能の低下、弁輪サイズの制限や長期間の抗凝固療法といった課題が残されている。このような状況を改善するために加瀬川均医師(榊原記念病院)と共に考案したのがヒト僧帽弁構造と類似した構造を有するステントレス僧帽弁(NORMO弁)である。ステントレス僧帽弁は弁尖がステントに拘束されることなく、弁膜・乳頭筋の連続性が保持されるという世界に類を見ない独創的な人工弁である。この弁は榊原記念病院と京都府立医大の心臓血管外科、循環器内科との共同研究で合計8例の患者に臨床を実施している。いずれの症例でも逆流は劇的に解消し、弁前後の圧較差は低く維持され、現在まで良好な経過で推移している。一方で、心臓内科医によるエコー検査によれば術直後と比較すると狭窄気味であると指摘された症例もあり、手術場での手造りのため、品質にばらつきがあることが考えらえる。このばらつきの要因としては、(A) NORMO弁のデザインまたはマテリアル由来、(B) 心機能のリモデリング由来、(C) 外科手技の術技由来の3点が考えらえる。本研究では(A) マテリアル由来に注目し生体材料の構造力学解析手法の確立に取り組んだ。特に、NORMO弁に負荷するひずみを実験的・数値的に明らかにするため、(1) 多粒子トラッキングを用いた非接触でのひずみ分布計測法の検討、(2) 有限要素法を用いたひずみ分布算出のための解析条件の検討を行った。以下にその結果を概略する。
(1) 多粒子トラッキングを用いたひずみ測定方法の検討
 φ60mmの円形に切出した未処理のウシ心膜に銅粒子(90~150μm)を等間隔に付着させ、荷重を与える前後の粒子の形状および分布の変化をマイクロCTで撮像し画像解析によりひずみを測定した。その結果、中央部で最大ひずみ(0.249)が発生することが明らかになった。実験で用いたモデルに対し有限要素法を適用してひずみを算出し比較した。その結果、心膜中央部では同様の傾向を得た。一方で、心膜固定の縁付近では異なるひずみの傾向を示すことが明らかとなった。これは検査領域が粗く、表面積算出時の誤差が大きいことが要因と考えられ、検査領域を狭めることにより高精度での測定が可能であることが考えられる。以上より、生体材料のひずみ測定に多粒子トラッキングを使用できることが示唆された。
(2) 有限要素法を用いたひずみ分布算出のための解析条件の検討
 ウシ心膜製のNORMO弁を空気圧にて閉鎖することにより、NORMO弁閉鎖時のひずみ解析モデルを取得した。形状はマイクロCTにて3次元的に計測し、得られたデータを基に3次元立体構築ソフトMimicsを用いて構築した。モデルの前尖と後尖は分離してあり、臨床の弁に近い構造とした。有限要素解析時の境界条件として弁輪、脚部先端を完全固定とし、左心室内圧を考慮して弁葉に120 mmHgの圧力を作用させた。エレメントサイズと次数の異なるメッシュ条件で解析を行い相当応力の最大値の比較を行った。その結果、エレメントの次数によって前尖の弁葉では相当応力に最大18%の差が生じることが明らかとなった。エレメントサイズを0.4 mmから0.2 mmに変更しても、相当応力の値は0.4 mmの2次要素を使用した結果と一致しなかったことから、エレメントの次数が解析結果に影響を与える要因の一つであることが明らかとなった。また、NORMO弁では前尖の脚部に最大応力が発生する可能性が高いことが判明した。
 以上の結果から、ステントレス僧帽弁の臨床応用を通じて明らかとなった課題に対する医工学評価・予測技術の体系化に向けた基礎を構築した。