表題番号:2013B-045 日付:2014/03/07
研究課題失書患者は何ができて何ができないのか?―損傷機能についての運動計算論的アプローチ
研究者所属(当時) 資格 氏名
(代表者) 文学学術院 教授 福澤 一吉
研究成果概要
本研究では,健常者の書字学習がどのように時間変化していくのかを定量的に明らかにすることを目的とし,健常者被験者に対し実験をおこなった。被験者は,日を開けて7セッションの書字運動学習(なぞり課題)をおこなった。1セッションでは,右手で100回なぞり書きを行った。被験者は,線からできるだけはみ出さないよう,かつできるだけ速くなぞるように教示された。毎試行後に被験者の書いた線画視覚的にフィードバックされ,被験者は自身の逸脱状況を確認することができた。左右手における学習の転移も学習の程度を示す指標の一つとするため,各セッションにつき3回,左手による書字も行った。書字学習を行う実験群と,書字映像を見る統制群の比較を行った。その結果,運動時間は右手・左手において有意な減少が見られた。左手の減少の程度は右手と相関していた。逸脱面積に関しては,実験群では変化がなかった。実験群の被験者は,逸脱面積は増やさずに速度が上がった結果から,被験者にはフィードフォワードの学習が起きていたことが示唆される。これらの変化は徐々に進行していったが,5セッションからは天井効果が見られた。これらの成果は,脳損傷患者の書字学習を検討する上で貴重な基礎データを提供した。

さらに,頭頂葉損傷患者の書字障害について,書字の運動速度と運動時間のプロファイルに基づいた鑑別をおこなった。被験対象として,健常者および頭頂葉損傷例2例を対象とした。症例1は,67歳女性,脳梗塞にて左島,側頭・頭頂葉移行部を病変とした。発話流暢で,喚語困難が強く,発症当初は単音も発話不能。聴覚的理解は比較的良好であった。症例2は35歳男性,脳梗塞にて左側頭・頭頂葉 移行部(BA 40/39/22主体)を病変とした。発話は流暢,喚語困難が強く,音韻性錯語,復唱障害が見られた。聴覚的理解は比較的良好であった。課題として,仮名の模写および書き取りをおこなった。症例では,文字形態に異常な逸脱は見られないものの,明確な速度低下や速度が一時的に低下する個所(速度極小点)の増加を認めた。2症例の間でも,この傾向に差が見られた。これらの結果から,運動速度と運動時間のプロファイルから健常者と症例との相違および症例間の書字の特徴の違いを捉えられることが示された。