表題番号:2013B-044 日付:2014/04/06
研究課題都市空間及び自然環境の変容からみた、「風景表象」を軸とする新しい文学史の構想
研究者所属(当時) 資格 氏名
(代表者) 文学学術院 教授 中島 国彦
研究成果概要
 本研究は、「風景表象」という概念を軸にこの数年継続してきた科学研究費補助金「基盤(C)」による研究の延長であり、新たな展開を期した計画で続けているものである。日本近代の文学者の作品の中にみられる「風景表象」を追跡してきたが、東京のような典型的な都会の風景のみならず、最近特に注目されている自然形象、近年の災害によっても脚光を浴びている流動的な自然の光景にも眼を向けることで、新たな文学史の構想をねらったものである。
 東京という都市のみならず、典型的な「風景表象」は、例えば奈良・大和の古代の面影を残す風景にも特色がみられる。今年度はまずそうした典型を、古代の大和に求め、その文学的形象を達成した堀辰雄の昭和10年代の営為を分析した。論文化したのは、小品『古墳』という作品であり、それが書かれた背景、作者がよりどころとした資料、その表現の特色、その時代的な意味などを考えた。
 明治という時代においては、自然は科学技術の発展により脅かされ、いろいろな問題が生じた。足尾鉱毒問題は、その典型であろう。そこで、従来歴史的資料としてしか考えられなかった田中正造の文章、特にその日記などの表現を、一人の人間の営為ととらえ、その言葉の世界から生まれてくる意味を分析した。幸い、「文学学術院所蔵木下尚江資料」の整理も進めており、そこに含まれている正造の尚江宛書簡の解読を進めていたので、その二つをリンクさせ、新しい問題提起を試みた。その過程で見えてきたのが、「場所の想像力」という概念で、それを全面に押し出すことにより、新たな文学像が形成されるのではないかと主張した。
 東京の「風景表象」の分析も続けているが、更に京都の「風景表象」にも眼を向け、「場所の想像力」の発現の仕方を考えた。その材料として選んだのが、大正時代に京都に滞在した経験を持つ作家の近松秋江である。『黒髪』連作は、名作であるが、その作品世界を「場所」の観点から分析した達成は、そう多くない。本年度試みた実地踏査を背景にして、『黒髪』連作の「場所」の持つ作品上の機能を跡付け、文学史的意味を再確認することを目指した。
 その他、将来に向かって論文化するための実地踏査を心がけている。済んでいる場所としては、岡山県勝山、長野県小諸、千葉県印旛沼などがあり、機会を見て論文化して報告したい。