表題番号:2013B-039 日付:2014/03/23
研究課題現代日本における身体観と社会・生活を問い直す日常的実践の質的研究
研究者所属(当時) 資格 氏名
(代表者) 文学学術院 教授 草柳 千早
研究成果概要
本研究は、現代社会で西洋/科学的な身体へのアプローチに対して、オルタナティブなものとして現代社会においてある程度受容されている、非西洋的な身体へのアプローチに焦点を当て、このアプローチに基づく日常的実践(M.de Certeau)が現代社会と実践者個人に対して持ちうる意味と可能性について考察した。より具体的には、近年よく言われる「からだの声をきく」という語りと実践に注目し、1)この言葉と実践がどのように語られているか、2)この実践者は、現代社会および現代的な生活スタイルに対していかなる態度を獲得していくか、3)このような日常的実践に注目する社会学的な意義は何か、について、理論的・経験的研究を通して考察した。
 理論については、これまでの研究に引き続き、 M.de Certeau、E.Goffmanの日常的実践論、C. Shillingの身体社会学を中心に研究した。結果は、現在とりまとめ中の著書のなかで1章分としてまとめた。経験的研究については、非西洋・東洋的な身体観・身体管理に関する知およびそうした知に基づく日常的実践の普及や啓蒙等の活動を行っている団体組織、人びとについて情報収集し、インタビュー調査、実地取材、講座参加等を行い、また、研究期間中に特別研究期間で過ごした英国にても事例の取材・調査を進めた。
 「からだの声をきく」という実践は、現代日本において正統性を付与されている西洋医学的・「専門的」「科学的」な知識に基づく身体へのアプローチ(「対象としての身体」アプローチ)とはまったく異なるアプローチを実践者に要求する。この実践は、一般に正しいとされている専門的で科学的な知識を相対化する契機となりえ、また現代社会の諸個人に対する要請と「からだの声」との間の非両立性の感覚を、実践者のなかで高めうる。これらを通じて人は、自身の身体を基点(根拠)として、社会の現状を問い直す、という態度を獲得しうる。この実践は、社会制度の変化へと直ちに発展するものではないかもしれないが、個人の健康や身体への関心、関わり方、生活スタイル、ひいては社会のありように影響を与えていくものと考えられる。