表題番号:2013B-030 日付:2014/04/11
研究課題「手続集中」理念からみた非訟事件手続法改正についての理論的検証
研究者所属(当時) 資格 氏名
(代表者) 法学学術院 教授 松村 和徳
研究成果概要
本研究は、平成23年5月に成立したわが国非訟事件手続法改正法について、オーストリア非訟事件手続法を中心にした比較法的検証を試みることを目的としたものである。とくに研究対象としたのは、オーストリア民訴法の基本理念であり、大正民訴法改正の基盤となり、現行法にも引き継がれている「適正かつ迅速な裁判の実現」のための「手続集中」理念からみた場合の手続規律の理論的検証である。なお、研究時期の制約もあり、今年度の研究は、オーストリア法の構造・特色の解明を中心とした。その成果は、以下のようにまとめることができよう。
オーストリア非訟事件手続法では、その手続形成の基礎として、当事者の利益と同様に「一般的利益において」もできる限り、「迅速かつ費用のかからない訴訟の終結」を目指さなければならず、また、二当事者間の個々の訴訟の解決というものではなく、それは共同で生活していかなければならない人々の間に存在する「継続的な法律関係の形成」であることを出発点にすべきとする。民事訴訟における厳格な二当事者対立の概念とは合致してこないである。つまり、非訟事件の領域の多くは、手続の構造からして民事訴訟に委ねるものではなく、登記手続から非訟事件的賃貸・居住所有権をめぐる多数当事者訴訟手続におけるまでの多様さに富むものである。しかし、原則的には、非訟事件手続の主たる特徴を形成しているのは、将来を指し示す裁判官の適切なかつ自由な監護的な要素である。
こうした特色から、オーストリア非訟事件手続法は、その手続形成において以下の点に留意している。
第一に、一般の利益または特別の保護を必要とする当事者の保護が中心となるがゆえに、可能な限り「職権探知主義」ができるだけ広く支配されなければならないとする。しかし、公正な手続というものは、いつまでも可能な証拠結果を集めるという点にあるのではなく、手続の終結を適切な時期において可能ならしめるものでなければならない。このことは、当事者の真実義務と完全陳述義務を明確に規定化することによって、迅速かつ基本的な事実関係の収集に関する当事者の責任というものもまた強調されるのである。ここに手続集中の要素が浮かび上がってくるのである。換言すれば、両当事者の目的を持った行動、また裁判所の目的を持った行動のみが、人間的認識及び経済的に主張しうるコストについての一般的限界というものはあるが、実体的真実の究明を保障している。
第二に、「手続の形式の自由」が保障されている。非訟事件の多くは、できる限り「弾力的な手続形成」というものを要求している。そこで、原則的に、判決を下す裁判官などは、手続形成について可能な限り自由となるべきとする。例えば、直接主義の厳格な導入は回避されるべきであるとされている。非訟事件手続においては、第1審において直接取得した証拠結果を新たな直接的な証拠調べなしに再評価することは禁止しなければならないという原則以上のものを提供することはできず、可能な限り事実に近く事実に正確な手続形成のための指針として要求されうるのである。
第三に、手続の迅速性確保は、公的監護が問題となる事案(未成年者の扶養請求事件など)重要な意味を有する。他方、いずれの場合においても「実効的な法的審問請求権」を与えることは不可決である。つまり、一方で、効果的な法的審問請求権の保護なしには誰に対しても不利な決定を下してはならないとの要請と、他方で手続遅延なしに適切な期間で終結させるという要請を満たそうとしている。
 第四に、口頭主義も民事訴訟においては手続集中に寄与するものであるとされていたが、非訟事件手続法では後退してくる。民事訴訟法上の規定は、口頭弁論なき終局判決というものはほとんど考えることができないものであるのに対し、非訟事件手続の領域においては、必要的口頭弁論は例外となる。非訟事件手続の多くの領域は、自らの些細でかつ秘密保持の利益の考慮を特に必要とする法領域であることから考慮されている。したがって、書面審理が原則となり、この書面による手続集中が目指されている。この点も手続集中の観点からみたとき、特徴的である。
以上のように、オーストリア非訟事件手続法では、民事訴訟法とは異なり、手続集中の理念は、手続形成(審理システム)と裁判官の実質的訴訟指揮という大きく二つの局面から実現するのではなく、前者では、その自由・融通性を認め、手続集中手段としては、裁判所の訴訟指揮と当事者の訴訟促進義務等に大きなウェートを置いていると評することができよう。また、真実発見による適正な裁判が意識されている反面で、監護手続として当事者の審問請求権保障・公正手続請求権保障が強く意識されている点が注目に値する。このバランスをどう取るかが今後の実務の課題となろう。そして、この点は、わが国非訟事件手続法の立法論的検証の指針となると思われる。このわが国非訟事件手続法の立法論的検証は、次の研究計画で実施する予定である。