表題番号:2013B-029 日付:2014/04/01
研究課題国民国家における人権保障とグローバル化
研究者所属(当時) 資格 氏名
(代表者) 法学学術院 教授 中島 徹
研究成果概要
本研究は、グローバル化する世界の中で、一国の憲法がいかなる役割を果たしうるかを検討することを主題とする。その際、TPP交渉や社会経済構造の改革論等、グローバル化の下で日本社会が直面する諸問題をめぐってはもっぱら国益の確保が強調されがちだが、本研究は、国のあり方を定める憲法の選択とグローバル化の関係を検討することを中心的課題とし、以下に述べるように現在までにその基礎的検討を終えている。
TPP交渉に典型的に示されているように、グローバル化の名の下に掲げられる基準の多くは、アメリカ合衆国の提案によるものである。しかし、アメリカの提唱する基準が世界標準であるとは限らない。筆者はすでに、漁業権をめぐり、日本国内における市場開放論、すなわち、地域漁民に排他的利用権を認めてきた旧来の制度を市場原理に委ねるべきことを説く近時の議論を検討してきた。欧米諸国では、従来の自由漁業の原則を転換し、地域漁民に排他的利用権を認めることにより、漁業の持続可能性と環境保護を図るべきだという議論が最近では有力化しつつあり、アメリカでも状況は同様である。つまり、グローバル化は市場の自由化を帰結するとは限らないのだが、その点を無視して、グローバル化の文脈では自由化があたかも自明の前提であるかのごとく論じられ、時に他国から強要されることすらある。
ちなみに、漁業権は、憲法解釈論上、憲法29条が保障する財産権のひとつと長年位置づけられてきた。そうであれば、自由化の可否は憲法問題であるはずだが、グローバル化の掛け声は、それを既得権擁護論と批判する。だが、憲法上の財産権保障は、歴史的にも理論的にも本来的に既得権擁護論としての側面を持っており、そうした批判は的外れである。
このように、グローバル化の名の下に推進されるルールが、国内と他国向けで異なるダブル・スタンダードである例は、他にもみられる。一例をあげれば、アメリカではオバマ政権の下で医療保険制度改革が行われ、国民皆保険制度が導入されようとしている。これに対し、日米のTPP交渉においては、アメリカは日本に医療の自由化(市場化)を求める意向とも言われる。仮にそうであれば、アメリカの態度は一貫性を欠いているといわざるを得ない。また、グローバル・スタンダードともいえる銃規制が実現できない点など、近代国家の標準装備的な制度を欠いたアメリカ合衆国が世界標準足りうるのかという疑問が残る。
なお、以上の点はすでに別途研究を進めつつあり、本研究ではそれらを踏まえて、こうしたダブルスタンダードの背後にある自由観や市場観の特殊性を析出することにより、それをグローバル基準とすることが他国の人権保障や統治構造に与える影響を、日本のみならず社会的市場経済理念を掲げるドイツなどとも対比させながら検討してきた。そのうえで、加速するグローバル化の流れの中で日本国憲法が果たすべき役割を憲法論として提示することが本研究の最終目的であるが、前記のように、この一年でその前提作業の目途をつけたところである。
今後は、アメリカ合衆国が主唱するグローバル化が日本国憲法の人権保障や統治構造に与える影響、とりわけ両者が矛盾抵触する可能性がある点を具体的に検証し、その原因を原理的に析出することで、一国の憲法が経済や社会のグローバル化と共存するありかたを検討することに重点を移し、引き続き検討を行う。