表題番号:2013B-022 日付:2014/03/08
研究課題災害ボランティアの法的地位比較―実効的な公私協働救援制度の構築に向けて―
研究者所属(当時) 資格 氏名
(代表者) 法学学術院 教授 中村 民雄
研究成果概要
 東日本大震災での震災・津波被害(原子力発電所事故の被害は除く)の発生から1か月の初動期の救援を迅速かつ効果的にするには、災害救援に第一次的な責任を負う公的機関(とくに地方自治体)と、市民のボランティア(災害ボランティア)との協力が不可欠である。しかし、日本では、災害ボランティアが実際にはどの範囲のことを、どのように公的機関と協力できるのか、ボランティアはその自発性にもとづきつつ公的機関といかに協力すべきなのかについて、とくに学問的な視座からの考察がまだ十分ではない。そこで、この研究では、一方でイギリスの防災法制度におけるボランティアの位置づけについて調査した。他方で、日本の災害対策基本法(災対法)が東日本大震災時の救援の混乱を反省して、2012・13年に改正されたので、その改正の意義と残る問題点を研究した。
 イギリスについては、特定の救援活動(救急活動や、食糧・衣服の支給など)ごとに、民間の団体や慈善団体が地方自治体と協力して活動している。とくに救急業務についての活動が最も定着している。現地の聞き取り調査で分かったことは、各自治体の区域を担当する各国民健康サービス(NHS)の救急活動が公的機関の救急サービスに相当するが、これが大規模災害等でサービスが不足するとき、民間の救急支援団体(British Red Cross, St John Ambulance, St Andrews Ambulance)の救急サービスも業務を補完するとの位置づけがなされており、自治体は平時から当該団体と業務提携協定を結んでいるとのことであった。食糧衣料の救援はOxfamなど民間の慈善団体がしばしば行っている。これについてはとくに自治体との連携協定を結ばずに自発的に行っているようであるが、必ずしも十分には解明できなかった。イギリス社会は伝統的に私的自治・自助の精神が強く、救援をすべて公的機関に任せるという発想ではないようである。したがって、民間団体の活動を公的機関との関係でどう位置づけるかという問題意識そのものが希薄であるようにみえた。
 日本の災対法についての考察に研究期間の後半をあてた。この研究成果は、日本学術会議の『学術の動向』2014年2月号に公表した。要点を述べるとこうである。
今回の災対法改正で意義があると評価できるのは、次の点である。1)災対法は基本法でありながら、災害対策の基本原則や基本理念を定めていなかった。これを改め、基本理念をいくつか列挙した。2)広域災害の場合、自治体間の救援連携が必要となるが、従来は近隣自治体間の連携を念頭に置いていたが、遠方の自治体との連携も必要となることが判明したので、それを日頃から行えるほうに法文が整えられた。3)災害ボランティアが災害救援活動において有益な力であることを、初めて法文で認めた。4)市町村が定める「地域防災計画」よりもさらに小さな単位で、地区の住民が自発的に「地区防災計画」を作成し、それを市町村の「地域防災計画」に織り込んでもらえるようになった。下からの自発性が生かされる道が開かれた。
 他方、今次の改正で残された課題も多いことが分かった。1)災対法はたしかに基本理念を示しはしたが、これは防災諸法規の目的を寄せ集めたものであり、整理されておらず、なにより、何をもっとも優先させて防災や救援をするかが、すべての救援当事者に明確に示されるような法文になっていない。そのため、公的機関と災害ボランティアが一致して同じ基本理念にもとづいて行動する基礎が作られていない。2)災害ボランティアについての規定は、その重要性を認める旨の規定であって、公的機関にもボランティアにも、実践活動での協力のための指針は何ら示していない。これは「地域防災計画」に委ねられている。ゆえに、石巻市など、自治体・社会福祉協議会・災害ボランティア諸団体の三者がうまく協同できたところなどが、率先してモデル計画を策定し、それを他の自治体にも普及させるような活動を意識的に行う必要がある。また、その際に、災害ボランティア団体も、一部に不祥事を起こした団体もあり、公益的な活動主体としての自律規範(災害ボランティア憲章など)を、団体間で討議して、策定するなどの、自治的な活動が必要であろう。すでに私は、前回の特定課題研究で、ボランティアの公益活動主体としての自律規範のモデル案を発表したが、今回の災対法改正で、ますますモデル案などをボランティア諸団体が自主的に討議することが望ましくなったといえる。