表題番号:2013B-019 日付:2014/04/11
研究課題「情報」の不正利用に伴う受託者の責任~新たな「利得吐き出し」論の探求
研究者所属(当時) 資格 氏名
(代表者) 法学学術院 教授 三枝 健治
研究成果概要
 信託において信託事務を処理する過程で取得した「情報」を利用して受託者が利益を得た場合にいかなる責任を負うかを明らかにするため、本研究は、まず出発点として、信託財産としての「物」が受託者により不正利用された場合の受託者の責任追及の仕方を整理し、その結果、(1)物上代位を理由とした利得の信託財産への帰属と(2)忠実義務違反を理由とした損失補填請求の二つの方法があることを確認した。
 次いで、この「物」を前提とした伝統的な規律が「情報」の不正利用の場合にも転用されるべきかを検討するため、同じ問題が争点となったイギリスのBoardman v Phipps判決を調査・分析した。同判決では、家族信託の受託者が遊休資産を有するある会社の株式が過小評価されていることを知り、その会社の株式を取得して受託者が利得を得たことから、家族信託に当該利得を返還する必要があるかが争われた。貴族院は結論として利得の吐き出しを命じたが、その理由は忠実義務違反に求め、情報の物との同視可能性には求めなかった。これは、上述の物の不正利用の場合の受託者の責任になぞらえると、(1)を否定し、(2)を肯定したものと評価できる。当該判決自体はその説得的な説明を必ずしも明確にしていないが、(1)と(2)は、いずれも効果として利得の吐き出しまで認めるものの、(2)は(1)と異なり、総合判断の余地がなく、要件が硬直的なので、情報の多用な利用可能性を必要以上に規制することなく柔軟に規律しようとの狙いがその背景にあるものと推測される。もっとも、情報の処分や賃貸には(1)の適用を認めるべきであるとも同時に指摘されており、そうすると、同じ情報でもその利用行為如何で(1)の適用について結論が分かれることになる。これを理論的にどう正当化するかは最大の難問で、本研究はその幾つかの可能性を探ったが、今時点での最終的な判断は留保し、引き続き考察を進めることとした。また、(2)についても、不正利用の対象が情報か物かで違いがあるかを意識しつつ、忠実義務違反の要件・効果の解明に取り組み、最終的にその成果を(1)の検討結果と併せて、学術論文に公表する予定である。