表題番号:2013B-005 日付:2014/04/11
研究課題社会的選択理論の経済政策策定への適用可能性
研究者所属(当時) 資格 氏名
(代表者) 政治経済学術院 教授 松本 保美
研究成果概要
以下、研究成果発表欄の番号に沿って概要を述べる。
①社会的選択理論の出発点であるアローの不可能性定理に立ち戻り、その理論的枠組みと結果の現実的解釈を詳細に検討。理論的結論、および、解釈の裏付けとして、他の科学分野(物理・化学、進化生物学、遺伝学、コンピュータ科学など)の成果を援用。今後の研究の方向性として、非論理的な個人選好の研究、多次元分析の重要性を指摘。また、経済政策の短期・長期を組み合わせた複合政策などの重要性を指摘。
②少子高齢化時代の公的年金制度の在り方を、厚生労働省、人口問題研究所の長期人口予測に従い、世代間衡平性の考え方を取り入れ、2070年まで予測。公的年金制度は、今後20年余り、財政的に厳しい状況が続くが、その後は安定気に入ると予測される。政策との関連では、短期的改善策(外国人労働者の大量受け入れ、人口増加政策など)は、長期的には社会の安定性を損ない、悲惨で解決不能な混乱を引き起こすので、積極的に行うべきではないと指摘。本研究を基に、今後、詳細な分析を行う予定。
③、④東日本大震災を受け、状況に適した社会の危機管理体制を提案。今日の世界の政治経済体制は、中央集権制に基づいているが、このマスター・スレイブ・システムは、中央が機能不能に落ちいた場合、あるいは、中央と末端の連絡が途絶えた場合、機能しなくなる。したがって、今回の東日本大震災のような環境の突然の大きな変化には効果的に対応できない制度である。その大きな理由の一つに、中央集権体制は、設計当初から、完成時の構造を明確にイメージしているという問題も存在する。これは、今までは無関係としていてもよかった様々な要因が複雑に絡み合う今日のグローバル化した社会では効果的に機能しない。この問題を解決する新しいアプローチとして、産業部門ではかなり一般化してきたコンピュータ・ネットワーク・システムの一つである、自律分散型システムの考え方を導入することを提案している。自律分散型システムでは、末端部門が、中央と同じように独立しているので、危機に対して、効果的に対応することができる。東日本大震災などの災害時には、被災地では、リアル・タイムで被災状況が把握でき、中央の指示を待つことなく、直ちに対応できる。被災地以外では、ネットワークを通じて、被災地の状況をリアル・タイムで知ることができるので、いつも通り、通常業務をこなしながら、独自の判断で被災地の救援が可能となる。遠隔地にあって、被災地の実情を正確に把握できない中央の指示を待っている現状と比べると、はるかに迅速かつ効果的である。
⑤、⑥上記①における理論的分析に基づき、理論の成果を如何に経済政策の中に生かしていくかという問題を扱っている。このアプローチを採らなかったために生じた経済政策上の問題や社会的問題を例示しているが、主題は、具体的な政策を扱うことではなく、政策を策定する上で、守らなければならない基本原則の提示である。例えば、如何なる政策も、短期政策と長期政策を組み合わせたものでなければならず、短期政策は当面の問題解決を目指し、長期政策は、短期政策で生じた問題を長期的に解決していく、といった考え方である。また、どんなに成功した政策であっても、それにしがみついて、長期間維持すると、最後には大きな社会的損失を被ってしまう、ということも言える。
⑦上記①~⑥をまとめ、分かりやすくした内容。ここでは、従来の経済学で、基本的な判断基準と考えられてきた、「利益の最大化」、「パレート最適」といった基礎概念が、とりわけ、厚生経済学的見方(これこそが経済学が創設された時の問題意識)からすると、結局は不幸な結果にしかならないということを論理的に指摘。これらの基本的考え方に代わる考え方として、経済運営に関する日本の伝統的考え方を、「三方よし」、「商いは牛のよだれ」といった諺を引用しながら、なぜ、日本だけが、数百年以上続く企業の数が世界で圧倒的に多いか、日本企業のトップの年俸が欧米企業のトップの10分の1位の少額なのか、といった事実を交えながら講演。米国など欧米の学生、研究者には思いもつかなかった方向からの近代経済学批判と受け取られたようである。