表題番号:2013B-002 日付:2014/04/11
研究課題ジャーナリズム再生についての考察ー米国の非営利メディアの経験から
研究者所属(当時) 資格 氏名
(代表者) 政治経済学術院 教授 高橋 恭子
研究成果概要
本研究の目的は、マスメディアの失った機能を補完する非営利メディア(以下NPOメディア)の視察・調査から、現在、米国のジャーナリズムで起こっている現象をとらえることである。ピュー・リサーチセンターの報告書(2013.6) によれば、1987年以降に設立されたNPOメディアで、現在も活発な活動が認められるのは172組織ある。これらすべてが「収入は株主や個人のために利用されてはならない」とする税法501条C3で規定に該当し、免税措置を受け、ネット上にコンテンツを発表する新興メディアである。その実態は多様である。ニューヨークに拠点を置くPuropublicaは、ピュリツアー賞を2度受賞した最も成功した事例である。ワシントンDCのCPI(The Center for Public Integrity)は、世界の調査報道ジャーナリストをネットワーク化し、グローバルな問題を取り上げる。ニューヨーク・ブルックリン区に位置し、環境問題を専門にするICN(Inside Climate News)は、スタッフがわずか8人の小規模組織ではあるが、ピュリツアー賞を受賞している。
大半のNPOメディアは小規模であり、経営基盤は脆弱である。ピュー・リサーチセンターによれば、NPOメディアの78%は、スタッフが5人以下であり、年間予算は21%が50,000ドル以下、26%が50,000-250,00ドルである 。2/3は2008年のリーマン・ショック以降に開設し、現在、41州にひとつの割合で存在する。2008年から2009年にかけて誕生したのが、46組織。2010年から12年は、25組織と減少しているところから、設立のピークは過ぎたとの見方もある 。
2012年度の研究は、主にニューヨーク、ワシントンD.C.、ボストンにおけるNPOメディアの視察・調査であったが、2013年度は米国西海岸に拠点を持つ3つの調査報道NPO(Investigative Newsource、Voice of San Diego、Center for Investigative Reporting)を対象とした。それぞれ、設立の経緯、規模、資金、運営形態等を箇条書きでまとめる。

1.Investigative Newsource(略称 inewsource)
●2009年、UT紙(サンディエゴ・ユニオン・トリビューン)の調査報道記者であるローリー・ハーンが独立し、調査報道NPOのWatchdog Instituteをサンディエゴ州立大(SDSU)内に設立。UT紙の調査報道のアウトソーシングが主な収入源。
●2011年、UT紙と契約解消。2012年、SDSU内にある公共放送KPBSと新たなパートナーシップを結び、オフィスをKPBSに移す。現在はKPBSのテレビ、ラジオ、Webの調査報道をinewsourceのクレジット入りで担当。

1. Nonprofit Journalism: A Growing but Fragile Part of the U.S. News System, Pew Research Project, June,10,2013 (http://www.journalism.org/2013/06/10/nonprofit-journalism/ 2014.4.2

2. 同上

3. Nonprofit News Model is Fragile, Global Investigative Journalism Network, Sheila Croronel, June 17, 2013 (http://gijn.org/2013/06/17/the-nonprofit-news-model-is-fragile/ 2014.4.2)

●スタッフ4名。内一名はデータ・ジャーナリズム担当。2011年の総収入は384,281ドル。財団、個人の寄付金は総収入の99%。
2.Voice of San Diego (VOSD)
●2004年、UT紙で長年、コラムニストを務めたニール・モーガンが、「市民社会に必要な情報を提供する」というミッションのもと、企業家のバズ・ウィリーとサンディエゴ市郊外に設立。
●設立当時20代のアンドリュー・ドナヒューらがデジタル時代の調査報道モデルをつくり、ニューヨークタイムズ紙で取り上げられた(2008.11.18)。
●年間会費別(35-5000ドル)に4種類の会員制度をもうけ、月刊誌の送付、イベント開催などそれぞれに合わせたサービスを提供。
●スクープ、スキャンダルは取り上げない。市民の生活の向上に関連するネタを彫り起こす調査報道を専門とする。
●パネルディスカッション、メンバー対象のコーヒーアワー、ニュース・リテラシーワークショップを開催し、市民にジャーナリズムを身近な存在に感じてもらえるように努めている。
●ビジネスモデルづくりに尽力し、サンディエゴのNBC放送にホストとして出演していたアンドリュー・ドナヒューが2014年にCIRに移籍。
●2012年の総収入は約143万ドル。うち、財団、個人による寄付金は95%。シンジケート料、広告費等の財源の多様化に努める。
3.Center for Investigative Reporting (CIR)
●1977年、3人のジャーナリストによって、既存のメディアに対抗する非営利の調査報道NPOとしてサンフランシスコ近郊のオークランドに設立された。数々の賞を受賞し、輝かしい業績があるものの、新興の調査報道NPOが相次いで設立した2000年代中頃は運営に行き詰まっていた。2008年に大手新聞の編集局長として活躍していたロバート・ローゼンタールを代表として迎え、抜本的な改革に取り組む
●2009年、カリフォルニア州に特化した調査報道チーム「カリフォルニア・ウォッチ」を立ち上げる。
●活字、放送、オンラインメディアを横断するマルチプラットフォーム型のコンテンツ配信をする。
●2013年、カリフォルニア州ベイエリアを拠点とするNPOメディア「ベイ・シティズン」と合併し、全米最大規模のNPOメディアとなる。拠点をサンフランシスコ近郊のエメリービルに移す。
●「カリフォルニア・ウォッチ」と「ベイ・シティズン」を統合し、「CIR」のブランド名のもと、カリフォルニアだけでなく、ナショナルでインターナショナルな調査報道を目指す。
●「Exclusive」(特ダネ、スクープ)の発想を捨て、既存メディアとのパートナーシップを強化し、共同でコンテンツを発表する。現在、コラボレーションをするメディアパートナーは300組織に及ぶ。
●スタッフ数74名。2012年の総収入は1152万ドル。前年より約50%の増収。
内、財団、個人の寄付金は全体の96%。コンテンツ収入は3%。

本研究で視察した3つのNPOメディアを見ても、ここ数年の動きは目まぐるしい。inewsourceは設立当初のメディアパートナーとの契約解消を迫られ、存続の危機に直面したが、公共放送KPBSと新たなパートナーシップを結び、調査報道を提供することで生き残りをかけた。VOSDでは、設立時から革新的なモデルづくりに尽力した人物がCIRに移籍した。CIRは、同じエリアで活動するNPOメディアを吸収し、カリフォルニアに特化したコンテンツだけでなく、ナショナルでインターナショナルな活動に挑戦し、全米最大規模のNPOメディアとなった。3つの事例はどれも、成功事例として認められているが、財源を財団や個人の寄付金に95%以上依拠する。コロンビア大ステーブル調査報道センター長のシーラ・コロネルが「NPOメディアの大半は、ビジネスとしての成功を求めるのではなく、ジャーナリストとしての責務や信念よって突き動かされたジャーナリストによって運営されている」 と指摘するように、財源の多様化と新しいビジネスモデルの開発がNPOメディアの当面の課題であることは明らかである。
ピュー・リサーチセンターの2013年の調べ によれば、全米のNPOメディアの約40%が国からの補助金を望んでいる。ジャーナリズムは独立した権力監視役として機能すべきというミッションを掲げながらも、公共放送や州立大学との連携によって、間接的であっても、結果的に、国や州からの助成を得ている事例もある。ジャーナリズム存続のために、真に市民に忠実な組織として生き残って行くためにも、ジャーナリズムが国から助成されることについて、また助成されない場合の生き残り策としてどのような対策が望まれるか、今後の課題として取り組む必要がある。

4. Nonprofit News Model is Fragile, Global Investigative Journalism Network, Sheila Croronel, June 17, 2013 (http://gijn.org/2013/06/17/the-nonprofit-news-model-is-fragile/ 2014.4.2)

5. Nonprofit news organizations: some want government subsidy
http://www.pewresearch.org/fact-tank/2013/06/13/nonprofit-news-organizations-some-want-government-subsidy/(2014.4.10)