表題番号:2013A-934 日付:2014/03/11
研究課題人口移動と地域社会:セーフティネットの変容をめぐる国際比較研究
研究者所属(当時) 資格 氏名
(代表者) 人間科学学術院 教授 武田 尚子
研究成果概要
 本研究の目的は、人口構成がダイナミックに変動する日本の地域社会において、地域住民が保有するインフォーマルなセーフティネットがどのように変化しているのか、その変化の動態を明らかにすることであった。調査対象地として、1957~64年制作のNHKドキュメンタリー・シリーズ『日本の素顔』で、取材対象として取り上げられてた広島県尾道市因島地区を選び、漁業者集団のセーフティネットの中核になっていた児童養護施設「湊学寮」の入寮児童と家族の50年間の家族史を調査するための予備調査を行った。
2013年6月と7月の2回、因島箱崎地区へ研究出張し、当時の入寮児童がどの程度、この地域に居住しており、インタビュー調査が可能であるかを探った。
 また、テレビドキュメンタリーの草創期の『日本の素顔』の取材対象に着目する理由を調査方法史のなかに位置づけて、研究の意義を明らかにするため、第31回 日本都市社会学会(2013年9月14日熊本大学で開催)において、「映像がとらえた格差-高度経済成長初期のテレビドキュメンタリー」と題する学会報告を行った。 
 この学会報告の発表要旨は以下の通りである。1957~64年にNHKで制作されたドキュメンタリー・シリーズ『日本の素顔』に着目するのは、次のような理由による。社会調査方法史上に映像アーカイヴ資料を位置づけることは重要な作業である。しかしながら、「広い意味でのビジュアル・メソッドは、従来の社会調査ないし社会学の研究では軽視されてきた」(後藤範章, 2010,「ビジュアルな記録を利用する」『よくわかる社会調査 プロセス編』ミネルヴァ書房:186-187)という状況と関連して、過去の映像資料が、社会調査方法上、どのような意義を有するかという検討は充分になされてはいない。研究という意識で制作されたわけではない映像資料であっても、包括的な視点でとらえて、社会調査方法上の学ぶべき点を抽出することには意味があると思われる。
 『日本の素顔』は、テレビドキュメンタリーの嚆矢として著名な番組である。地域間格差、漁業・漁村、炭鉱、鉱山、貧困、差別、病気、エスニシティ、公害、社会福祉、子ども、土地、農業・農村、独自集団、民俗、慣行、労働、伝統、移民、災害など、社会の諸領域における底辺層の生活や、独自の慣習を残す集団など、成長から取り残されつつある層の生活に積極的に焦点を当てている点に特徴がある。『日本の素顔』は高度経済成長初期という特定の時期に、均質とはほど遠い日本社会の状況や、共時的に発生している異質性を記録し、文書資料には残りにくい社会の底辺層の実在を映像によって実証している点に歴史的映像資料としての価値がある。社会調査史では、底辺層を調査した先駆に明治期の貧民ルポルタージュの系譜があるが、これらはもともと新聞記者出身者によってジャーナリズムの著作として、一般向けに出版されたものである。『日本の素顔』の場合も、撮影カメラという新たな技術の普及が「社会観察」の方法を刺激し、文書資料には残りにくい領域の探索を促した例の一つととらえることができる。
 このような関心に基づいて、番組のなかで因島土生町に設置されていた漁業者の子どもたちの生活改善、就学を促進するための児童養護施設が取材対象として選ばれ、漁業者の日常生活やセーフティネットの状況が映像記録が残されたということが明らかになった。